「今日はいい天気だねえ」
村長は椅子に腰かけたまま、幸せそうに言った。その顔が時たま、憎らしく感じることさえ、アザミにはあった。
(あたしって嫌な子……)
しばらく、村長はぼうっと窓の外を眺めていたが、突然思い出したように、
「そういえば、新しい薬療店ができたみたいですねえ」
のんびりした口調で言った。
「はい」
出た声は自分でも氷のように冷たいと思った。しかし、アザミには気を許せない理由もあった。
「大変だね。商売敵がこんな近くに現れたんじゃ」
「平気です」
「そうか……」
村長はうつむき、両手をしばらく、所在無さげにさわっていた。
窓から、黄色い蝶が幸せのシンボルのように入ってくる。アザミたちの目の前を通り過ぎた。村長が目をあげる。どうやら、意を決したらしい。喋りはじめた。
「どうだろう……新しい店もできたことだし。そろそろ、三年前に私がだした話に結論を出す頃ではないかと思うんだよ」
「村長」
「ん?」
「あたし、自分でもうまくやっているつもりです」
そうだ。頑張れ。平気なふりをしろ。
アザミは必死に、必死に、自分に言いきかした。村長はため息ともとれる、笑顔を返す。
「外は晴れているのに、まだ、あなたの心は晴れないのだね。……いいかね。あんまり、一人でなんでもしょいこむんじゃないよ」
そう言い残し、村長は去っていった。いつかはだめになるとは言わなかった。
青空のように澄み切った優しさ。浅ましさも嫌らしさもなにもない。アザミのことを心から思いやった言葉だ。それはーーどこかでわかっている。
しかし、逆にアザミの気は重くなるばかりだった。どうしても素直に受けとれない。励ましもすべて、上っ面の言葉にきこえてくる。アザミは願うように天を見あげた。
しばらく、雨が降っていなかった。雨が降れば、なにもかも洗い流してくれるような気がした。心にたまった憎しみもなにもかも。
空から地上に目を戻すと、一人の女の子と目があった。
その女の子は店の前の大木の陰に、隠れていた。アザミのよく、見知った顔だ。金色に光る髪に、そばかすを顔にため、フリルワンピースを着ている。
アザミは戸惑った。なにしろ、その少女、ジニアはいつもアザミを遠巻きに見、誰かとこそこそと話し、こちらを向いてくすくすと笑うだけの存在だったから―。
しかし、今日はちがっていた。
「ち、ち、ちょっと」
にらみあった状態のまま、数分後、やっと、少女の声がでる。決断するのが遅い家系だな、とアザミは思ったが、口には出さなかった。
「うちのおじいちゃんが何言ったかは知らないけど、私は反対だからねっ! あんたみたいな暗い子がなんでっ」
「関係ない」
会話を切るように、アザミは外との世界を遮断しようとした。その時─
「はははは」
「待てー」
遠くの方から聞き覚えのある二つの声がしてきた。アザミは嫌な予感がした。