その日の午後。村に大量のチラシがばらまかれた。
「なんだーこりゃ。グラニデ・ダドゥ。舌かみそうな名前だな。薬療店。親切・丁寧・安い! の三拍子がそろった店だと」
「きいてきいて。女性に限り、来店したらお花をプレゼントですって」
「でもねえ……」
「そうだよねえ」
集まった村人たちは顔を見回して、神妙な顔つきをした。
「アザミちゃんの店があるからねえ」
「そんなこと言って、あんたら、こっそり見にいくつもりじゃないのー」
「まっさかぁー」
一同、顔を見合わせて笑った。
だが、その場にいた全員が、次の日グラニデの店で再会するとは、今の時点では、誰も予想がつかないことだったろう。そういう村だ。つまり、平穏な日常に飽き飽きしている人間達の集まりで、良くいえば好奇心のかたまりの集団であった。
その頃、アザミはそんな村人たちのことなど知ることもなく、いつものように薬草をつぶしていた。
「ふぅっ」
午後になるにつれ、気温があがっていく。額から流れる汗をぬぐいとって、アザミは顔を上にあげた。
(今日は来ないのかな)
出稼ぎ以外の日に、ノラが店に訪れないのは珍しいことだった。
(ま。いいか)
だけど、ノラがいない店内は少しだけ、活気がなくなったようにも感じた。村には二百人前後ほどの人しかいないから、そうそう毎日、薬を求めてやってくる人もいない。しかし、アザミはそんなことはおかまいなしに毎日、薬をつくっていた。
なにかを考えることを心から遠ざけるように。逃げるように。
薬草をとって、薬をつくり、ほんの時たま現れる客にそれを渡し……そんな毎日だから十三のアザミでも現在(いま)まで、なんとかやっていけたのかもしれない。
(あたしはあの人たちに比べれば、まだまだだから……)
アザミはうぬぼれた薬療師でもなかったが、薬療師という職業にしがみつく理由もなかったので、得意気になる必要もなかった。昨日、もらったヒマワリが作業場の台の上で、黄金色の光を放っているのが目につく。
(まるで、昨日の人みたい)
自信にあふれた口調と高笑い。そういえば、髪の毛も金色だった。
(『明日は笑顔になれる』か……)
アザミの胸がちくりと痛んだ。
(わざとじゃないだろうけど)
それでも、この三年のなかで、ひさしぶりに心に響いた言葉だった。
アザミは首を横に振った。
(あたしには関係ないもん)
流れでる汗をもう一度拭き、アザミはまた、作業に励みだした。そこに─コツンコツン。来訪者をしめすノック音がする。
「いいかな? アザミちゃん」
扉を開けた。客ではない。でも、アザミにとっては、なんとなく苦手な人だった。
「どうぞ。村長」
いつものようにそれを誰も知らない心の奥底に閉じこめ、アザミは手を中に向ける。
はげあがった頭をなであげながら、六十になる村の長はほほえみ、入ってきた。