下校のために校門へ向かっている途中、オレンジジャージが目の前を塞いだ。
「先輩、今帰りっすか?」
「そうだけど?」
うねりのある髪の間から覗く大きな猫目。
人懐っこそうだけど、強気な目。
「先輩、今日お俺誕生日なんスけど?」
「へえ、そうなんだ」
「……知ってるくせに」
そりゃあ、会うたびに聞かされてたからね。
赤也は拗ねたように口を尖らせながら、上目使いに私を睨みあげてくる。
こういう顔されると、母性がくすぐられるって、わかってやってるんだろうか?
だとしたらタチが悪い。
「ほら、早く部活戻りなよ」
「ええ!? スルーっすか!? 俺誕生日なんすよ?」
「だから?」
わざと冷たく突き放してみるけど、この後輩にはあまり効果がないみたいだ。
さらにしっぽを振りながら、私に擦り寄ってくる。
「部活終わるまで待っててくださいよ。そんでデートしましょ?」
「無理。部活終わるまでなんて待ってられるわけないじゃん」
「じゃあ部活休んでくるッス!」
本気で馬鹿なんじゃないの?
何を言っても通じないみたいだし、ここは無視していくのが一番かも。
大きな溜め息を残し、赤也の隣を通り過ぎ用途した時――。
不意に腕を掴まれた。
しっかりとした大きな手が、私の腕を掴んで離さない。
「ちょっと! 離して――」
「じゃあせめて、俺のこと好きだって言ってくださいよ」
「はあ?」
口調は冗談っぽいのに、その顔は真剣で、そのちぐはぐさに心が乱される。
これは冗談?
それとも――本気?
「な、何言ってんの? そこはお誕生日おめでとうでしょ?」
から笑いとともに吐き出した言葉。
自分でもわかるくらいに動揺してる。
そしてそれは、それは赤也にも伝わっているのだろう。
私の腕を握る赤也の手の力が、少しだけ強くなった。
「だって俺、誕生日おめでとうって言われるより、好きって言われた方が嬉しいし」
ニカッと笑った無邪気な笑顔。
いつも可愛いと思っていた笑顔が、今は可愛いと思えない。
なんだろうこれ?
赤也がカッコ良く、そして男に見える。
それは私が……赤也にドキドキしてるから?
「先輩、顔、赤いッスよ?」
「う、うるさい! いい加減腕離してよ!!」
「だって、まだ先輩から何ももらってねーし」
握られていただけの腕が、赤也の方に引き寄せられる。
近づく距離。早まる鼓動。
ああ、どうしよう。ドキドキが止まらない。
「好きって言ったら……離してくれるの?」
「ん~。多分無理ッス」
何それ。
じゃあ私にどうしろと?
これ以上は心臓が持たない……。
「あ、赤也……」
「先輩に好きとか言われたら……」
「え……?」
「もう二度と、離してやれねぇと思う」
瞬間――。
体が大きな腕に抱きすくめられた。
「――っ!!」
「それでもいいなら……好きって言ってよ」
こんなの……ズルイよ。
赤也のことは好き。
だけどその好きは、まだ恋愛までは到達していない。
「い、今は……言えない」
「なんで?」
「だって、まだ赤也のこと、好きかわかんないから……」
「……」
「なのに、好きとか言えない……」
なけなしの理性を保って、なんとか返事を返す。
このまま雰囲気に流されて、後悔するのだけは嫌だ。
なのに赤也は、そんな私の気持ちを簡単に崩そうとする。
「でも、先輩すげえドキドキしてるッスよ?」
「それは――」
「もういいじゃん。このまま落ちちゃえば」
「え?」
「俺のこと……好きになればいいじゃん」
そんなこと言われたら……もう。
ジャージから伝わる赤也の体温と香りが、私の思考を奪っていく――。
「私は……赤也が――」
この一言を口にした瞬間、世界が大きく変わってしまうだろう。
だけどそれでも……いい。
オレンジ色のジャージに顔をうずめながら、小さく『好き』と囁いた。
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赤也お誕生日おめでとう!!
すっかり忘れてたよー!!
もち子からのメールで気づいたよー!!
短いけど、愛情いっぱい詰め込んどいたから許してね!!