First love ~第4話~
もう秋も終わりに近いのかもしれない。
歩道の上で踏み散らかされたイチョウの葉を見つめながら、冷えた手を擦り合わせた。
「手、寒いんでしょ?」
「あ、うん。手袋買いに行かなくちゃ。」
「手袋もいいけど・・・・・ほら。こうすれば温かいよ。」
右手を取られギュッと握り締められる。
大きくて温かい手が、、私の冷えた手を包みこむ。
その優しい温もりに、私は松尾君に向けて穏やかな笑みを向けた。
マー君とはあれから顔も合わしていないし、連絡も取っていない。
夕食を食べずに帰った事をお母さんは残念そうにしていたけど、適当に誤魔化した私の話を信じていたようだった。
松尾君とはあの事で気まずくなる事もなく、順調なお付き合いを続けている。
あの日のように突然抱き締められるような事もなく、清く正しいお付き合いといった感じだ。
だけどマー君と何かあったのかは、聞けずにいた。
「来月・・・なんだけどさ。」
「来月?」
来月といえば12月だ。
12月といえば・・・・・マー君の誕生日。
あれからマー君とは会っていない。
前のように会いにいっても会えないとかではなく、私がマー君を避けていた。
なんとなく、会うのが怖かった。
「来月のクリスマス。一緒に過ごせるかな?」
「そっか。クリスマスだったね・・・・。」
クリスマス。
それは恋人同士にとっては欠かせないイベントだ。
なのにそれよりも先にマー君の誕生日を思い出すなんて・・・・。
「もしかしてもう先約があったり?」
「ううん。ない。ないよそんなの・・・。」
「よかった。じゃぁ、俺と過ごしてくれるかな?」
私も松尾君もすでに進学が決まっていから、まだ受験中のクラスメイトからは睨まれそうだけど、卒業までは遊んで過ごせる。
彼氏と過ごすクリスマス。
ずっと夢見ていた。
そのイベントへのお誘いがかかっている。
なのに・・・・・・どうしてマー君の顔が頭に浮かぶんだろう?
「・・・・・うん。もちろん。」
手帳に印をつけなきゃ。プレゼントは何にしよう?
頭であれこれ思案しながらも、なぜか心は弾まなかった。
*
『失敗しない彼氏へのクリスマスプレゼント』 『彼氏が喜ぶクリスマスプレゼント』
よく似たタイトルが見出しとなった雑誌を広げ、ベッドの上に寝転ぶ。
ペラペラとページを捲るものの、これとっいっていいものが見つからない。
「だいたいどれも高すぎるんだもんな・・・・・。」
こんな事ならバイトでもしておけばよかった。
今からでも頑張れば間に合わなくもないだろう。
だけど今ひとつやる気になれない。
バイトをした事がないとか、面接が嫌だとか、そんな理由じゃないのはわかってる。
松尾君と過ごすクリスマス自体、乗り気になれないのだ。
どうしてだろう?
ごろりと仰向けになって真っ白な天井へと溜息を吐き出す。
最近溜息ばっかりついてる気がする。
溜息をつくと幸せが逃げる。そんな言葉を思い出して、思いっきり息を吸い込んでみた。
こんな事で幸せになれるなら誰も苦労しないよね・・・。
でももしかすると、人が呼吸を繰り返すのは不幸を吐き出して幸せを吸い込むためだったり?
そんな馬鹿な事を考えながら浅い呼吸を繰り返してるうちに、段々と眠気が襲ってきた。
寝てる場合じゃないのに・・・・頭ではそう思いながらも、落ちてくる瞼を止める事はできなかった。
ふわふわとした意識の中で、誰かに名前を呼ばれる。
誰だろう・・・・・?
声の主を確かめたくて瞼を開こうとするのに、重くてなかなか開かない。
頭を撫でていた手が、ゆっくりと髪を梳きながら首元へと滑り落ちてくる。
髪と手が首に触れて、そのくすぐったさに身をよじる。
瞬時に離れていってしまった温もりに、寂しい気持ちになる。
もっと触れていて欲しい・・・・・・。
温もりを追うように手を伸ばす。
伸ばしているつもりで、実際は全然動いてないのかもしれない。
それでもしばらくして、離れた温もりが今度は頬に戻ってきた。
さっきと同じ様に優しく撫でられて、大きな安心に包まれたようにホッとする。
「悠・・・・・」
また私を呼ぶ声がする。
切なくて、だけど甘い響きが耳をくすぐる。
「マー・・・・・くん・・・・・?」
そうだ。この声はマー君の声。
私、夢を見てるんだ。
マー君に会えなくて寂しくて、会いたいけど会うのが怖くて・・・・。
だから夢の中でマー君に会いに来てしまったんだ。
幼馴染や従兄のような存在で、私の日常に当たり前のように浸透していた人。
それがいきなり消えてしまう事が、こんなに寂しいなんて思っていなかった。
松尾君と仲良くしてなんて言わないから、どうか離れて行かないで・・・・・
「マー君・・・・・」
「悠・・・・・」
私の呼びかけに答えるように、私の名前を呼んでくれた事が嬉しくて、もう1度マー君の名前を呼ぼうと口を開く。
だけど唇が『マ』の字を模る前に、何かが唇に触れた。
少し冷たくて、でも柔らかい。
一瞬で離れてしまったのに、いつまでも残る感触。
今のは・・・・・・・・?
すぐ傍で何かが素早く動く気配を感じ、私はハッと目を開いた。
目を開くと当時に、扉の閉まった音が響く。
考えるよりも先に体が動き、閉じられた扉を押し開け廊下に飛び出した。
廊下先の階段から見下ろした玄関にはすでに誰の姿もなく、私の脱ぎ捨てたローファーだけが転がっていた。
全て夢だったのだろうか?
ううん。そんなはずはない。
耳をくすぐる声も、唇に触れた感触も、今でもちゃんと残っている。
「なんで・・・・・・・?」
冷たい空気の漂う廊下に、私の呟きが重く響いた。
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