このお話は続き物です。先の前編をお読みください。
~ 遅れたHappy Birthday ~
ヒロインside 後編
呆然とした意識の中で、忍足先輩が何度も私の名前を呼んでいた。
ふらついた足で忍足先輩に支えられながらやってきたのは生徒会室。
何の迷いもなくドアを開けた忍足先輩に連れられ中に入ると、奥に跡部先輩の姿が見えた。
跡部先輩は一瞬怪訝な顔をしたけれど、私を目にし何かを察したのか
手にしていた資料をおもむろに閉じた。
忍足先輩に促され、ふわふわのソファーに座ると
さっと目の前に湯気の上がる紅茶が置かれた。
「飲め。」
「え・・・?」
「飲んだら少しはその顔もマシになるだろう。」
漂う紅茶の香りに胸の奥が少し暖かくなる。
言葉は皮肉っぽいけれど、声色がとても優しくて、
私は素直に「ありがとうございます」と紅茶に口を付けた。
跡部先輩は、なぜ私が泣いていたのか、なぜ忍足先輩に連れられここまで来たのか・・・。
そんな事は何一つ聞いてくる事はなく、私が紅茶を飲み終えるまで待っていてくれた。
紅茶を飲み終え「ふぅ・・・」と息をつくと、少しだけ重い心が軽くなったような気がする。
そんな私に「落ち着いたなら朝練に戻れ。」と跡部先輩の声がかかった。
「跡部。そりゃ酷やろ?もうチョイここで休ませたってーや。」
「あーん?ここはお前らのサボり場所じゃねーんだよ。」
「そやかて・・・」
「それにここでボーっと考えたって悪い方向にしかいかねえだろ?」
「それは・・・・・・」
「朝練でもしてれば少しは気も紛れる。お互い落着いた放課後にでも宍戸と話すんだな!」
跡部先輩には全てお見通しのようだ。
確かにここでボーっとしていたって、悪い方向にしか考えられないだろう。
ならばコートでマネージャー業をしている方が、何も考えずにいられていいかもしれない。
それにきっと長太郎君や日吉君にも心配をかけてしまっているはず・・・・。
私は跡部先輩の提案をそのまま受け入れ、「ありがとうございました」と、生徒会室を後にした。
「無理せんでもええんやで?」
「大丈夫です。それに私の私情でみんなに迷惑をかけられませんから・・・・。」
少しぎこちないかもしれないけど、忍足先輩を安心させるように笑みをうかべる。
これ以上迷惑はかけられないから・・・・。
「宍戸もきっと、頭に血が上ってあんな事言うてもうただけで本心やないと思うで?」
「・・・・・はい。」
「それに誕生日の事も・・・・なんや事情があったんかもしれんし。」
「そう・・・ですね。なんだか巻き込んじゃってスミマセン。」
「何言うてんねん。俺はいつでも智裕の見方やで?」
「はい。ありがとうございます!」
忍足先輩からの励ましをもらい、「じゃぁ私は部室でドリンクの準備してきますね。」と、
コート前のフェンスで別れた。
部室にはもう誰の姿もなく、一人になると一気に不安に押しつぶされそうになる。
頬を叩き気合を入れて作業を進めるも、気がつけば手が止まってしまう。
思い浮かぶのは宍戸さんのあの言葉。
そして最後に見た、怒りと悲しみに歪んだ苦しそうな顔・・・・・。
本気じゃない。
そう思いたい。
何があったって、やっぱり好きな人だから。
信じていたいと思う。
だけど、もしもあの言葉が本心だったら・・・・・・?
そう思うと、宍戸さんに会うのが怖い。
また同じセリフを言われたら・・・・・・あんな顔をみせられたら・・・・。
もう自分がどうなってしまうのかわからない。
宍戸さん・・・・・・・。
宍戸さんは今・・・・・・・・何を思い、何を考えているのだろう・・・・?
「宍戸さん・・・・・・・・」
思わず口から名前が漏れてしまった時、部室のドアが大きな音を立てて開かれ、
振り向いた視線の先には・・・・・今名前を呼んだ宍戸さんが立っていた。
心の準備もないままに宍戸さんを目にして、私は無意識に部室の外へ向かって走り出した。
でも扉に辿り着く前に、宍戸さんに腕を捕まえてしまう。
唇が震えて声が出ない。
全身が固まってしまったように動かなくて、逃げ出す事もできない。
俯いたまま、脳内で「どうしよう」を繰り返す。
逃げる事もできず、向き合う事もできない。
ただ立っているだけが精一杯の私に悔しくて涙が滲む。
すると突然、宍戸さんが私の足元に座り込んだ。
驚いて目を見開いた私の目に飛び込んできたのは、床に膝と手をつき頭を擦りつけた宍戸さんの姿。
やだっ!!
何で!?
「智裕!!すまねえ!!せっかくの誕生日を一人で過ごさせてすまねぇ!!
寂しい思いをさせてすまねえ!!おめでとうの一言もい言えなくてすまねぇ!!
そして・・・・・二人の男を手玉にとる様な女とか言っちまって・・・すまねぇ!!」
思わぬ行動と宍戸さんからの言葉に胸が震えた。
謝って欲しいとか思っていたわけじゃないけれど、宍戸さんの心の叫びが私の心に響く。
「土下座なんてみっともねぇよな・・・・。だけど俺にはこれくらいしか詫びる方法が思い浮かばねぇんだ・・・。」
そんな事ないです!!
そう伝えたいのに言葉にならない。
「智裕・・・・1度だけでいい。2度目はもうないと誓う。だから・・・・もう1度だけ俺にチャンスをくれねぇか?
お前の傍にいるチャンスを・・・お前の彼氏でいるためのチャンスを!!」
チャンスだなんて・・・・そんなの必要ない。
そんなの必要ないのに・・・・・・
「宍戸さん。顔・・・・上げてください。」
いまだに頭を床につけたままの宍戸さんの前にしゃがみこみ、
零れそうな涙を堪え精一杯の笑みを浮かべた。
私の声に顔を上げた宍戸さんと視線が重なる。
数日ぶりに見たその瞳に愛しさが溢れ、抱き寄せられたその胸に私も思いっきりしがみついた。
「ごめんな・・・・智裕。ごめん・・・・。」
「宍戸さん・・・・。」
「俺・・・バカだから・・考えるより先に体が動くし・・・頭に血が上ったからってお前にあんな事言っちまうし・・・・」
「もういいですから・・・・。」
もういい。
その言葉が聞けただけで・・・・・・。
ううん。こうやって宍戸さんから話しをしに来てくれただけで、それだけで私の心は満たされる。
怖がっていた自分が情けなくて、信じ切れなかった自分が腹ただしくて、
「もういいです。」を繰り返した。
仲直りができた事にホッとして、本当によかったと心を撫で下ろしていると、
すっかり忘れてしまっていた話が持ち出された。
「それに・・・お前の誕生日・・・・・。」
そうだった!
今日のこの騒ぎの全ての根源は昨日の誕生日だった!!
あんなに悲しみに暮れていたのに、今じゃもうどうでもよくなってしまった自分に苦笑いしていると、
宍戸さんからさらに驚く言葉を聞かされた。
「間違えて思えちまってたし・・・・」
「え・・・・?」
「お前の誕生日ぞろ目って言うのは覚えてたんだ。それが・・・2日と22日で間違えちまってたみたいでよ・・・・。」
ぞろ目・・・・・?
確か付き合いだしてすぐの頃だ。
誕生日を聞かれ「私2月のぞろ目日なんですよ!」と言ったような覚えがある。
じゃぁ・・・・・宍戸さんは忘れていたわけじゃなくて・・・・・勘違いしていた?
しかもそう勘違いさせたのは・・・・・私?
自分の馬鹿さ加減と、忘れられていたわけじゃなかった安堵と喜びで、
もう何もかもがおかしくて、笑いが込み上げてきた。
「忘れられてたんじゃなかったんですね・・・・。」
「え?」
「ふふ。そっか・・・忘れられてたんじゃなかったんだ・・・・。」
声を出して急に笑い出した私を宍戸さんは驚いたように見てたけど、
そのうち同じように笑顔を浮かべ、そっと私を抱きしめてくれた。
温かく、少し硬い宍戸さんの胸の中。
抱きしめる腕がきつくて苦しいけれど、その苦しさも、全てが幸せで
私も宍戸さんの体に、そっと腕を巻きつけた。
「許して・・・・くれんのか?」
「誕生日、一緒に祝ってくれますか?」
「当たり前だろ?ってか・・・やり直させてくれよ。」
やっと重なった二人の時間。
1日遅れで始まった、初めて宍戸さんと過ごす私の誕生日。
宍戸さんが傍にいて、二人の笑顔がそこにある。
誰よりも遅くもらった『おめでとう』の言葉は、何より大切な宝物。
『年こそは間違わず、1番にお前の元に駆けつける。』
小指を絡ませ交わした約束。
もう二度と破られる事はないと信じてる。
だから・・・・誕生日を迎える度に、新しい約束を重ねていこう――――
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3部編成宍戸夢おしまいです。
ちーちゃん本当に遅くなってごめんね!!
こんな感じになりましたけど、よろしいでしょうか?ww
シリアスは苦手と言い続けていますが、夢を書き始めてもうすぐ1年。
けっこうシリアスもいけんじゃね?って自分で思いだしました。(調子にのんな!)
でもやっぱ基本ギャグ体質だとは思いますね。