このお話は連載となっております。
こうかんカレシ ‐Ⅵ-
中学校とは思えない建物が奥に見える校門前。
この辺では見かけない制服のせいか、さっきからちらちらと感じる視線。
居心地は悪いし、知らない土地のせいもあって不安は増すばかり・・・・。
勢い込んできた威勢がどんどんと萎んでいく。
どうしよう・・・・やっぱり帰ろうかな?と弱気になる心を
でもそれじゃぁ電車を乗り継いでまでここに来た意味がないじゃないかと叱咤する。
だけどやっぱりその場に立ち続けるのが苦痛で、
そばにあった電柱に隠れるようにして顔だけを覗かせた。
珠樹と一緒にいる忍足君を見たのは数回程度。
しかも本当に『見た』程度できちんと話をした事はなかった。
だから私は、珠樹から聞いた話と、ここ半月ほど一緒に過ごした忍足君しか知らない。
ううん。知らないんじゃない。
知ろうとしなかった。
はっきり言ってしまえば、それ以外知りたいと思わなかった。
今見てる忍足君が全てだと思っていたかったから。
優しくて、王子様のような忍足君だけを見ていたかったから・・・・・
その他の部分なんて知らなくてよかった。
だって・・・期間限定の彼氏だから。
決められた期間だけの彼氏なら、理想の付き合いができれば十分。
甘やかされて、優しくしてもらえて、幸せだけを味わえればいい。
わざわざ交換彼氏までして苦しみなんて味わう必要がない。
だからいいところだけを見ていればよかった。
『忍足と喧嘩した?』
精市の言葉を思い出す。
喧嘩はお互いの意思のぶつかり合いだ。
でも私達はそんな事をする必要なんてない。
だって・・・
どうせ1ヶ月で枯れてしまう花。
それならば、枯れるまで甘い蜜だけを吸い続ければいい・・・・
だけど珠樹は違う。
そして私と精市も・・・・・
好きだからこそもっと知りたい。
いいところも悪い所も。
もっと一緒にいたいからお互いの気持ちをぶつけ合って・・・模索して・・・・愛情と絆を深めていく・・・
精市が屋上で私に伝えたかったことはそういう事だったのではないかと思った。。
「あっ・・・!!」
1人頭の中で思考を巡らせていると、校門から目当ての人物の姿が出てきた。
咄嗟に電柱に全身を隠す。
ドキドキと鳴り響く胸を押さえながら、息を潜めてまた顔だけをゆっくり覗かせた。
忍足君は本を読んでいるようで、校門を出て私がいる方とは反対の道に向って真っ直ぐ歩いていた。
1人・・・・なんだ。
誰か友達といるかと思っていたので少しがっかりだ。
私が忍足君に黙ってここに来た理由は、普段の忍足君を見たかったから。
学校の友達の前ではどんな風に笑うのか、私のいないところではどんな顔をしているのか・・・・。
私が見ていた忍足君は、本当に忍足君なのかを確かめたかった。
それは本当に忍足君を好きになったから、もっと知りたいと思ったわけじゃない。
私がこんな行動にでたのは・・・珠樹の気持ちを知りたかったからだ。
でも忍足君1人じゃどうしようもない。
本を読んでる姿を見てたって何もわからないだろうし・・・・・。
だけどだからといって校門前で聞き取り調査みたいなことをできるはずもない。
仕方ない・・・・帰ろう。
忍足君に声をかけてもいいけど、今は何を話していいのかもわからない。
忍足君の前で、前までのように笑える自信がない。
彼が見えなくなるまでここで待とう。
そう思って忍足君の背中を見送っていると、校門から小走りで出てきた小柄な女の子が、
「忍足先輩!!」と、忍足君を呼び止めた。
「ん?どないしたん?」
「あの・・・これ。この間お借りした本。ありがとうございました。」
「あぁ・・・どやった?面白かったやろ?」
「はい!」
どうやら忍足君が女の子日本を貸していたのだろう。
それを返しに来たってとこか・・・・。
「忍足先輩の教室まで持っていったんですけど、もう帰られたって聞いて、走っちゃいました。」
「そんな慌てて返さんでもよかったのに。わざわざありがとうな。」
「いえ・・・・」
あの女の子はたぶん忍足君が好きなのだろう。
クシャリと頭を撫でられて赤く染める顔。
恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうにはにかむその笑顔は、
誰がどう見ても忍足君に好意を持っているのは明らかで、
恐らく忍足君もそれには気付いているはず。
あんなに素敵な人だ。
モテるのも不思議はない。
珠樹は忍足君がモテるから不安なのだろうか?
学校も違うし、会いたい時に会えるわけでもない。
だからいつ別れがきてもいいように気持を押し込めて冷めた振りをするんだろうか・・・?
私は今考えた事が間違いだということを・・・・・・
以前珠樹が言っていた『用意されたセリフ』と言った意味を・・・・・・次の瞬間知る事となった。
「けど帰り際にお嬢ちゃんの笑顔見れてラッキーやったわ。」
「え?」
「今日はいい夢見れそうやな。」
極上の笑顔付きで、好意を寄せている人にそんな事を言われ喜ばない方がおかしい。
そして淡い期待を抱いてしまわない方がおかしい。
赤い顔を隠すように両手で頬を覆う女の子は、恥ずかしさのあまりに俯いた。
その姿が・・・・ここ半月ほどの自分の姿と重なる―――
私もいつもあんな感じだったのだろう。
優しい笑顔にときめいて、甘い言葉にドキドキして、
目の前の女の子のように、頬を染め恥ずかしそうに俯いていた・・・・・。
だから私は忍足君がその時どんな顔をしていたのか、
どんな目をしていたのかなんてわからなかったんだ・・・・
今、少し離れた場所で見ている私には、はっきりと忍足君の表情が見える。
優しい笑顔だと思っていた。
だけど今は『優しい笑顔の仮面』を付けているようにしか思えない。
女の子を見ている瞳に、何か映っているようには見えない。
甘いセリフに、いつもドキドキしていた。
でも他人に言ってるのを聞いてはっきりと気付く。
そこに忍足君の感情は込められていない。
用意されたセリフを口にする・・・・まさにその通りだ。
そう気付いた途端、薄いフィルムのような膜に覆われて、忍足君の全てがわからなくなる。
あれは誰なのだろう・・・・?
『王子様のような忍足君』と言う人物を演じている他人だ・・・・・。
本当の忍足君は・・・・どこ?
気がついたら私は自然と足が動き、忍足君の前に歩み出ていた。
「亜湖ちゃん?」
「珠樹の前でもそんな顔なの・・・?」
「え?」
「相手が誰でも・・・どんなセリフでも・・・・いつもそんな顔なの?」
「・・・・亜湖ちゃん?」
「やっとわかったよ・・・・。珠樹の悲しそうな顔の理由が・・・・」
無表情で忍足君を見つめながら、感情のない声で話す私を忍足君は戸惑いの目で見ていたけど、
すぐにその意味を理解したようで、一瞬消えたフィルムがまた忍足君を覆った。
「本、わざわざありがとうな。」
「忍足先輩・・・・」
「気をつけて帰るんやで。」
やんわりと女の子を帰らせ、「移動しよか?」と、歩き出した忍足君に続く。
私達のやり取りを見ていた他の生徒達が興味深そうな視線を送っていて、
そう言えばここは校門前で、私は立海の制服姿だったと思い出す。
忍足君の彼女が他校にいるという話が、どれくらい知られているのかはわからないけど、
もしかして修羅場と勘違いされてしまったかもしれない。
忍足君に申し訳ないことをしたと思いながらも、
なんとなく忍足君に声をかける事も隣に並ぶ事もできなくて、
私は初めて忍足君の背中を見つめながら歩いた。
その背中は・・・・・どこか寂しそうに思えた―――――
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あと2話もあれば終わるでしょう。
え?1年も待たせてもう終わりかよ!?って感じですか?
でももともとそういう予定だったんですよ~!!
本当ですよー!!ww