こんばんは。
ご訪問くださいまして、ありがとうございます。
今日は、息子が宿泊学習から帰ってくる日でもありましたが
伯母の告別式の予定が、急遽入った為
息子のお迎えは、夫にお願いして
私は、伯母の告別式へ行って参りました。
子どもの頃、何度となく泊まりがけで遊びに行った伯母の家。
9歳年上の従姉がいました。
小学校低学年の頃
まだ幼稚園児だった弟の手を引いて
二人で電車で3時間くらいかけて
行ったこともありました。
伯母をはじめ、
親族は、子どもらしい無邪気さのある弟を可愛がっていました。
その中で、私はどこか蚊帳の外にいるような疎外感を、幼い頃からずっと感じながら育ちました。
リアクションが薄く
他者と気持ちを共有することもなく
興味を持つ範囲が狭かったらしい私は
どこか子どもらしさのない子どもだったと言います。
告別式に、弟は来ていませんでした。
私の両親も、認知症でパーキンソン病である母のことがあり、出席出来なかったので
私が代表として?参列する形になりました。
私の母同様、長らく華道の講師をやっていた伯母は、理事長もしており、お弟子さんも式に来られていました。
お弟子さんらしき方から、声をかけられました。
「○○先生(私の母のこと)のお嬢さんですか?」
と…
顔が似ていたので分かったそうです。
また、成人式の時の写真を見せてもらったことがあり、覚えていると話していた方もいました。
私の成人式の写真
伯母が見せたのか、母が見せたのか分かりませんが…
私が生まれた時も
結婚式の時も
娘が生まれた時も
伯母は来てくれました。
3姉妹の長女だった伯母。
末の妹だった母の具合を、とても心配していたそうです。
そして、良く昔の話をしていたと…
「可愛かったのよ、あの子(私の母のこと)」
と…
亡くなる直前まで元気で、まさかこんなに突然お別れが来るなんて、誰も予想していなかったとのこと。
亡くなる直前、色んな人に電話をしていたことが分かりました。
最後の挨拶をしたかったのかもしれません。
私の母の所にも、電話がありました。
その時、ちょうど娘が実家へ行っていて、電話に出て
孫娘が来ていると知り、喜んでくれたそうです。
4年か5年くらい前でしょうか
伯母と伯母の2人の妹(私の母もその1人)で、シンガポールへ旅行に行ったことがありました。
3人が元気なうちに行きましょう❗
と…
あの後、真ん中のお姉さんは、癌を患い、死去
末の妹である母は、認知症に
あの時、あのタイミングで
3人で旅行に行けて良かったなぁと
つくづく思います。
今は、先に逝った旦那様と、真ん中のお姉さんと
天国で語り合っているのかもしれません。
火葬場へ向かう車の中で、服の上に黒いカス?がいくつも付いているのに気付き
なんだろう?と思って見ると
バックの取っ手がボロボロでした
恥ずかし過ぎる
お帰り~
とすり寄ってきたミオが写りこんでいますが
それから、
買ったはずなのに、どこを探してもなかった日傘。
仕方なく、色気も素っ気もない男性用?の黒い折り畳み傘をバックに入れて行ったのですが
帰宅後、バックの中を見たら
買った日傘も一緒に入ってました(笑)