和歌山市から阪和道に乗り、印南ICで下り、印南インター入口交差点を真っ直ぐ(南)川沿いを行くと右側に印定寺があります
浄土宗の寺院。山号は南龍山。旧紀伊之國十三佛霊場曼荼羅寺院(番外札所。現在は解除されている)。
旧日高郡印南荘中村の北にあり、『紀伊続風土記』に一文あり。「浄土宗鎮西派京智恩院末。慶長中の開基といふ。寺内に蘇鐵の大樹あり、圓五尺餘高さ一丈五尺餘」と記され、江戸時代後期の建築物は、本堂・観音堂・鐘樓・僧坊が建立されていたと記されている。
また、この寺は鰹節を開発した角屋甚太郎ゆかりの寺でもあり、庚申堂の前に石碑が造られています。
角屋甚太郎(生没年不詳)
江戸前期の人物で、紀伊国日高郡印南浦出身。別名「紀州甚太郎」。熊野式の鰹溜釣り法と燻乾法鰹節製法を土佐国に伝え、同国における鰹産業隆盛の基を開いた。延宝(1673年~1681年)の頃、印南浦の角屋漁船団を率いて日向浦に出漁した際、流されて土佐国清水浦に漂着したのが縁となり、この鰹節製法は後に改良されて現在の鰹節製法の原型ともなり、印南・土佐では秘伝とされた。2代目甚太郎も土佐国へ出漁し、鰹節製法の改良に務めたことは「智究願海居士」の戒名にも記されている。
この後、本堂の裏にある住吉神社に向かいました