國主神社(有田市初島町里) | ゆきまるのブログ

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風の吹くままに身を漂わせてふわふわふわふわ…「紀伊続風土記」を片手に和歌山県内の神社仏閣を巡る歴史好きの他愛の無いブログです(´・ω・`)

おはようございますキャッ☆

昨日の続きです(*'∀`*)v

(和歌山市から見て)国道42号を南下して、有田市に入り、里交差点を左に曲がって突き当たり(正面に旅館)を右へ行き、次の突き当たりを左へ、その次の突き当たりを右に行くと國主(くぬす)神社があります初詣2

正善寺からは門前の道を東に真っ直ぐ行き、突き当たりを右に曲がると左側に神社が見えてきます好


國主神社『和歌山県神社庁公式サイト』より

祭神
(主祭神)大國主神、髙神 
(配祀神)水波能売神、天照皇大神、市杵島比売神、八王子神、久々能智神、誉田別神

合祀社    水神、皇大神、辨財天神、王子神、廻神、八幡神

旧初島町大字椒里地区の氏神である。付近近の田畑は大國主の開拓された由緒ある遺蹟と推察され、班田制で大和河内方面の如く大化の改新以降に整備された公田と伝わり、境内には以前より里地区の各所に散在していた小祠を合祀されている。

由来や伝説によると、創建は第100代(北朝6代)後小松天皇の応永年間(1394年~1427年)で、時の地頭は吹田新左エ門である(『紀伊続風土記』には、
「応永二十八年(1421年)地頭吹田新左衛門慰并代官小柴九左衛門」と記されている)。

『日本書紀』によると、神域には神代より浪々と湧出する霊泉があり、大神と親しく木鍬木串を執られたことは奥の山麓の泉と共に、神代の昔、大國主命は紀南地方の沿岸を開拓したと記されている。また、付近の田畑からは縄文時代後期の弥生式素焼、神代の土器及び石鍬等が発見されており、この聖蹟の存在を裏付けている。




鳥居初詣2


朱鳥居初詣2

こちらは裏参道になるのでしょうか?(*'∀`*)v


参道初詣2


百道石(百度石)初詣2


拝殿初詣2


社務所初詣2


合祀社初詣2


境内初詣2




神水の水盥初詣2

文化4年(1807年)に吉田茂吉なる人物が献上したことが『初島町誌』に記されているそうです好

駐車場🅿は鳥居左側にあり、3台ぐらい置けるかと思います(*'∀`*)v

境内は天神社より少し広めですが、そんなに大差はないです初詣2

今回は国道を挟んでいますが、近場を回りました。ほんとに近いですえ゛!

次はどこにしようかな(*'∀`*)v

まあ、明けの眠気次第ですね(´-┃