2020年が幕開けしましたねニコニコ


大変のご無沙汰ですみませんアセアセ
最後の治療が終わったあと、 
あぁ、やっと終わったよ〜と思ったのもつかの間
、、色々ありました滝汗


わたしの方はとりあえず無事経過観察に
入れましたーちゅー
今日は今年初めての診察で病院に来ています。
これからは2ヶ月に一度の血液検査、診察
半年に一度のCT検査で再発してるかどうか
を見て行く感じです。


やっとここまでこれて、身体的には
まだ後遺症で手足の不自由が残ってますが、
とりあえず順調ですニコニコ


先生も、時間がある程度経てば、抜けてくる
と言ってたので、時間だけはどう頑張っても
早く進ませる事は出来ないので、
じっと我慢の子です(これ、わかる人は昭和だな)
※ヒント:ひとひとぴっちゃんニヤニヤ


ただ、やはり、両卵巣とってしまっているので、
更年期の症状と思われるものがチラホラ、、滝汗


ホットフラッシュはまだいんですが、
手足の強張り、これが結構厄介アセアセ


痺れも残る中、特に朝起きた時とか、
手が痛くてぐーできません笑い泣き
起きて歩く時も、足が全体ガチゴチで
壁づたいになんとか歩いて、歩いている
うちに少し滑らかになってくる、、


始めはなんだこれはガーンとおもいましたが、
色々しらべてら、どうも更年期の症状らしく、、


よくリウマチと間違えるらしいのですが、
恐らくわたしは更年期だと思いますショボーン


今日先生に相談してみようと思ってますクローバー


そして、、色々あったとゆーのはですが、、


10月に最後の抗がん剤が終わって、
副作用がいつものようにきて、


また、いつもどおりに、
ショートステイに行ってもらっていた
お義父さんですが、、


ショートステイから戻って、その2日後です、、


深夜1時過ぎに急変して、
救急車でERに緊急搬送されたのですが、
その朝、7時50分に、息を引き取りました。


本当に突然の事でした。


わたしの治療中に一度、病院に検査入院
したのですが、その時にベットから落ちて
尾骶骨を骨折してしまい、
また一時期、歩くのが困難になり、
ボケも進んでしまったのですが、


訪問看護さんや、ケアマネさん、デイの方々、
先生、、ショートステイの方、様々な方々のご協力もあって、


また、少しづつ歩けるようにもなり、
最後帰ってきた時は、
預ける前より元気になってたんです。


で、翌日に、訪問看護さんが来て、
いつもの様にリハビリや、お話をして、
ただ、脈は大分飛んでいて、気になったらしいので、翌々日に往診を入れてもらい、


デイサービスはその翌日に変更してもらって、
土曜に行く予定でした。


お義父さん、デイサービスを楽しみにする様に
なってたので、早く行かせてあげたいと
思ってたのですが、、



それは叶わず、訪問看護さんが来てくれた翌日の深夜でしたね。。


それまで夕飯はご飯は残しておかずは食べて、
夜中、またフラフラぶつぶつ言いながら
トイレ行ったり、、本当に直前まで普通どおり
だったんです。。


お義父さんが動き出すと私も起きてしまうので、
何ブツブツ言ってるんだろーとか、
トイレ行ったなぁとか思いながら
うつらうつらしていたら、突然、


お義父さんの部屋からドンドンドンって、壁を
叩く音がして、ビックリしていくと、


「起きれねー」と言って
コタツの脇で横になったお義父さんが、
杖で壁を叩いていました。


とりあえず支えながらベットに寝かせると、
このまま寝るから電気消してくれと言うのですが、明らかに呼吸がおかしくて、
意識もはっきりしてるし、話も出来てるけど、
これはいつもと違うと思い、


救急車を呼びました。


その間、電気を消してと言いながら、
「このまま心臓がとまっちまう」

と少しパニックになってたので、
「大丈夫」と落ち着かせて、
救急車を待ちました。


TOMさんを起こして、
救急車が到着して、とりあえずわたしだけ
一緒に救急車にのったのですが、
病院に着いて、もう危篤なので、すぐに
息子さんを呼んで下さいと言われ
車で30分🚗くらいかかるのですが、
すぐに来てもらいました。


先生から状態の説明があり、心臓はもう10%しか機能しておらず、左の肺が真っ白ですと。
年齢を考えても、もうこれ以上の処置はせず、
自然に任せて行った方が良いと思いますとの事。


私達もそれに同意して、
あとは、ロウソクの灯りが消えて行く様に
ゆっくりと命が尽きるのを待つと言うことでした。

病院での事はまた少し後悔も残るので詳しくはまた別に書こうかなと思いますが、


家と病院を三回行ったり来たりして、
最後に行った時にはもうお義父さんは
息を引き取った後で、顔を見て、
心電図を見て、、
よくテレビで見るような、、


ツーーーー、、、といった画面をボケーっとみて、、
「え、、お義父さん、、死んでる?」

とTOMさんと固まってたら看護師さんが
来て、

「そうなんです、電話をしたすぐあとに
     、、、」

って、言われて、ちょっと唖然として、
、、


先生が来られて話しをしてから、、


涙があふれてきました。。


さっき帰る前には意識もあり、
呼吸器してたから話は出来なかったけど、


私が、
「また後で来るから、がんばってね👍」


と言うと、

目を合わせて、
「うん、うん、」と頷いたんです。


で、足をさすって、、

ベットから離れ、それが最期となりました。


今は、大分落ち着いてきましたが、


96歳、、大往生ですクローバー


だけど、最期、わたしがこんな身体だった
がために、不自由させてしまった事や、


最期、デイサービスに行かせてあげられなかった事、、


息を引き取る時にそばにいてあげられず、
一人で逝かせてしまったこと、、


翌日のお昼に出してあげようと思っていた、
カレーライスを食べさせてあげられなかった
事、、


そんな事が少し残念ではありますショボーンクローバー



あれほど、、解放されたいと思っていた
のに、何故か、


もう少し、、やってあげたかった。。


せめて、私の身体が戻って、
もう少し、元の生活に戻ってから、
落ち着いて送ってあげられたらよかったのにな


という気持ちが残りました。


不思議なものですね犬


そんな感じで、、年末を迎え、
あぁ、年越しかと思ってたら、
こんどは、



パーキンソン病で施設に入っていた
叔母がまた亡くなったと連絡を受け、
29、30と葬儀が入りましてアセアセ


この一年に、私は友人と、親戚2人、お義父さんと、4回の葬儀がありました。。


自分の病気の事もありましたし、
本当に怒涛の一年でしたね、昨年はアセアセ


なので、今年は本当に復活の年ニヤニヤ虹!
再始動の年にしたいと思いますので、


どうか今年もよろしくお願いします🤲



ちなみに、インスタはちょいちょい更新してますので、お暇なーら、きてよねちゅーラブラブ音譜
(これも昭和だよ〜ゲラゲラ)