こんにちはニコニコ

 

 

 

 

不登校児童の支援をしていたのにの続きです。

 

 

 

三男は、小さいころから何でもハッキリ言う子でした。

 

 

 

好きなものは、好き

 

 

 

嫌いなものは嫌い

 

 

 

やりたいことはなんとしてもやる

 

 

 

やりたくないことは、どうにかして逃げるポーン

 

 

 

相手が何と思おうと関係ない

自分の意見を押し通す

 

 

 

 

正義感が強い

もちろん自分にとっての!ですよ!!

 

 

 

 

 

かたや、そのころの私は・・・

 

 

 

 

人に迷惑をかけてはいけない

 

 

 

自分軸より他人軸

 

 

 

周りの人の気持ちを察して、とにかく先に動く

 

 

 

怒る人が怖いので、常に人を怒らせないように動く

 

 

 

こんな考えで、生きておりました滝汗

 

 

 

 

これこそが、

自分がこれまで

明るく楽しく過ごせてきた秘訣ウインク

 

 

 

と思っていたので、

それをことごとく覆す三男のことが

心配で仕方がありませんでした。

 

 

 

でも、長男、二男とは違い

学校でも大きな声で発表し、

お友達を笑わせることが好きな三男のことを

これがこの子のいいところなんだ、とも感じていました。

 

 

 

五年生までの担任の先生は、

三男の良いところを見てくれて、

私を励ましてくださっていたので、

私はそれを信じて、過ごしてきました。

 

 

 

ところが、六年生の時の担任は、全く違いました。

 

 

 

六年生になってから、三男が

 

 

 

「今日は、訳のわからんことで、怒られた。」

 

 

 

「今日は、友達が言ったことで、先生が腹を立てて

オレの机を蹴って、教科書が全部落ちた。」

 

 

 

 

毎日のように、学校での不満を言うようになりました。

 

 

 

 

 

私はそこで、

 

 

 

 

「それは、腹立つね~プンプン

 

 

 

とは言いましたが、

 

 

 

「でも、先生にものを言う時の言い方は考えないといけない。」

 

 

 

「これからの世の中、理不尽なことで怒られることはたくさんある。

強く言われたからと言って、強く返してばかりじゃ、ダメなんよ。」

 

 

 

 

三男の言い方を変えるように、

 

 

 

 

三男のやり方を改めるように、

 

 

 

 

そういうことしか言っていませんでした。

 

 

 

 

そのころの私には、そうすることが最善だ、という

認識しかなかったのですショボーン

 

 

 

 

このあと、担任と三男の関係はどんどんこじれていき、

 

 

 

 

三男は

 

 

 

 

教室で大声で暴言を吐いたり、

 

 

 

 

教室を抜け出したりするようになりました。

 

 

 

 

 

 

 

その時の私が考えていたことは

 

 

 

 

とにかく、クラスの他の子に迷惑をかけてはいけない。

 

 

 

他の子の授業の妨げになるようなことはしてはいけない。

 

 

 

三男の母としてというより、

別の学校で働く先生として、

クラスの子に迷惑をかけていることが、

心苦しかったんだと思います。

 

 

 

 

 

 

今、考えてみると、

担任のやり方に嫌気がさしていた子もいたでしょうし、

もし、私がそのクラスにいたら、

担任にバンバン物申してくれる三男のような存在は

ありがたかったかもしれません。

 

 

 

何を以て、人が迷惑と感じるのか

 

 

 

それはその人次第なのに、

 

 

 

私は私の色眼鏡で、三男のことも

世間の人のことも

見ていたのだと思います。

 

 

 

また、自分の子どもでなければ、

この子だけが悪いのではないということは

明白であり、話を聞くこともできるのに、

自分の子どもだと、途端に子どもの方が

全部悪い、子どもをどうにかして変えなければ・・・

という思いになってしまう・・・

 

 

結局は、境界線が引けているかどうか・・・という

ことなのではないかと思います。

 

 

 

また、明日に続きます・・・。