私が1年間の交換留学のため渡米したのは、ちょうど去年の9月21日でした。
人生初めてのアメリカ。期待に胸を膨らませて笑顔で意気揚々と飛行機に搭乗する、つもりでした。
途中まではまさにそのシナリオ通りでした。
でも、ゲートを潜る直前になって今まで押し殺してきた感情がどっと溢れてきて、涙・涙・涙。
見送りに来てくれた大好きな人たちとしばしお別れという寂しさではなく、
これから本当に大丈夫なのだろうかという不安からきたものでした。
私は留学をするにあたって沢山のものを諦めました。
大好きなサークルのメンバーとの最後の文化祭。
可愛い後輩達のサークルでの成長と活躍を見守ること。
同じ夢を持つ仲間との就職活動。
一年ごとにテーマが替わるゼミの研究。
大好きな友達と過ごす学生生活、一年分。
こんなに自分にとって大切なものを諦めてまで留学しようと決めたんだから、
絶対にこれ以上の経験をして「留学を成功させなければいけない」と心に誓っていました。
私が留学したのはSouthern Oregon University。
オレゴン州の南にあるアシュランドという小さな田舎町にある、
全学生が5000人ほどの小さな大学です。
アシュランドはシェイクスピアフェスティバルが有名で、
ちょっとした観光地としても知られている場所です。
アメリカに渡ってから二週間、
自分が日本で何をしていたのか忘れるほどアメリカの生活にどっぷり浸っていました。
アメリカに着いて3日で仲良しの友達ができ、いつも一緒でした。
仲間と一緒に遊びに行くことも多かったです。
ルームメートも同学年の女の子で、いろんなことを教えてくれました。
アメリカの食事にも、英語にも慣れてきて、
もうアメリカ文化に溶け込んでいるような気がしていました。
こんなに早くアメリカに馴染んだことが嬉しくて仕方なくて、
日々アメリカンな自分に酔っていました。
それが段々時間が経ってくると、変わってきました。
友達がいくらいても、日本とは付き合い方が違う。
言語に慣れてきても、日本とは感情の表現の方法が違う。
会話ができても、文化と価値観が違いすぎてついていけない。
生活に馴染んだと思っていても、周りからは違うと思われる。
差別はないように見えるけれど、実際は生活のいろんなところに見え隠れしている。
想定してはいたけれど、こんなにも違うのかと驚き、悩み、苦しみました。
それは、私が日本人で、東京という大都会から来て、早稲田大学という大きい大学の学生で、
私自信のパーソナリティーもあって、ということで生まれた違いなのですが、
とにかくどうしたらいいのかわからず、ぶつかっては砕けての繰り返しでした。
せっかくの留学、楽しまなくちゃいけないのに、今全然楽しくない。どうしよう。
比べちゃいけないし、比べたくないけど、やっぱり日本にいた時の仲間の方が好きかもしれない。
日本にいた時にしていたことがしたい。
完璧な留学を求めていたのに、これは留学失敗なのかもしれない。
あんなにいろいろ捨てて来たのに失敗なんて絶対に嫌だ。でもこれは成功と言えるのかしら・・・?
超ポジティブと思っていた自分がどんどん崩れていきました。
「留学めっちゃ楽しそうだね♪アメリカの生活うらやましい!」
「ゆきのことだから、絶対に充実してるだろうなー!成長して帰ってくるのを楽しみにしてるね☆」
という日本の友達からのメッセージにこれほどプレッシャーを感じるなんて自分でも驚きました。
楽しんでいないのに、楽しいよとにこにこ答えなければならないのが辛くて仕方ありませんでした。
この負の連鎖からどうやって抜け出したのか。
それは、スカイプ中の友達からの何気ない一言でした。
「昔から留学してる人の話聞いてて思うんだけどさ、みんな文句言いすぎなんだよ。
人生なんだからさ、全部完璧にうまくいくわけがないじゃん。」
私の目から鱗が落ちました。
私は今まで完璧に成功させなければ留学する意味がないと思っていました。
完璧な授業プラン、完璧な友達関係、完璧な課外活動、完璧なアメリカ生活。
確かに、これは一年しかない大切な大切な留学。でも、私の人生の一部でもある。
自分の人生を振り返ってみて今まで全てが完璧だったことなんて一度もなかったことに気づき、
なんだ、じゃあこれ、普通じゃない!と思ってから気が楽になりました。
さったら今の環境でこっちでしかできないことをやろう。もともとやりたいこと沢山あったじゃない!
楽しいだけが充実でもないんだから、苦しいことにも向き合おう!
残りの数か月を思いっきり満喫しよう!
そんな風に思えてからは、楽に、自分のやりたいことに没頭できました。
友達関係では、人のことを気にしすぎず、自分が主張したいことはきちんと主張するようになり、
大切にしたいものは人からなんと言われようが大切にするようにしました。
感情の伝え方については、日本の文化をよく知る友達と一緒に話すことでだんだんわかってきました。
文化と価値観の違いは、とりあえずそのまま受け入れてみることに。
日本でやっていたことをこっちでも続けられるかもしれないと思い、
学校放送のラジオパーソナリティーやファッションショーの司会にも挑戦しました。
英語で伝えることが難しく、寝る間も惜しんで練習したのですが、成功した時の喜びは格別でした。
第二言語習得が専門分野な私は、近くの小学校のESLのクラスで働かせてもらうこともできました。
英語を母語としない子供達がいきいきとして英語を英語で学ぶ姿が印象的でした。
興味があることには飛び込んでみようと思い、
ハワイクラブに入ってアメリカの文化の一つであるフラダンスに熱中しました。
人と人の和を大切にするハワイアン達に認めてもらえて、
一つの大きなファミリーの一員としてステージで踊らせてもらったときの感動は忘れられません。
完璧じゃなかったかもしれない。
でも、今振り返ってみると「充実した留学」だったと思います。
留学を終えて日本に帰国してきた私は当時の自分の一生懸命さと必死さがかわいらしく思えます。
アメリカに向かう飛行機の中で、
日本でのことと今の気持ちとこれからの留学について書き込んだノートがあります。
そこには
「これからは何も知らない誰も知らないところで一から自分の生活を作らなければいけない。
留学を成功させるためには一生懸命がむしゃらにいろんな人と出会って仲良くなっていこう。」
とありました。
この時は、「留学を成功させる」という言葉に苦しめられる日が来るなんて夢にも思っていませんでした。
そして、「成功させなきゃ。どうしよう。」と悩んでいるときは、悩まなくなる日が来るなんて思いもしませんでした。
それでも考え方一つでこんなにも人は変わりました。
人生っておもしろい。素直にそう思いました。
とことん考えて悩みぬいて、いろんな人の話を聞いていろんな価値観に触れて、
そして最終的には自分の軸を大切にしながら行動する。
これは私が留学で学んだ一番大きなものだと思います。
人生初めてのアメリカ。期待に胸を膨らませて笑顔で意気揚々と飛行機に搭乗する、つもりでした。
途中まではまさにそのシナリオ通りでした。
でも、ゲートを潜る直前になって今まで押し殺してきた感情がどっと溢れてきて、涙・涙・涙。
見送りに来てくれた大好きな人たちとしばしお別れという寂しさではなく、
これから本当に大丈夫なのだろうかという不安からきたものでした。
私は留学をするにあたって沢山のものを諦めました。
大好きなサークルのメンバーとの最後の文化祭。
可愛い後輩達のサークルでの成長と活躍を見守ること。
同じ夢を持つ仲間との就職活動。
一年ごとにテーマが替わるゼミの研究。
大好きな友達と過ごす学生生活、一年分。
こんなに自分にとって大切なものを諦めてまで留学しようと決めたんだから、
絶対にこれ以上の経験をして「留学を成功させなければいけない」と心に誓っていました。
私が留学したのはSouthern Oregon University。
オレゴン州の南にあるアシュランドという小さな田舎町にある、
全学生が5000人ほどの小さな大学です。
アシュランドはシェイクスピアフェスティバルが有名で、
ちょっとした観光地としても知られている場所です。
アメリカに渡ってから二週間、
自分が日本で何をしていたのか忘れるほどアメリカの生活にどっぷり浸っていました。
アメリカに着いて3日で仲良しの友達ができ、いつも一緒でした。
仲間と一緒に遊びに行くことも多かったです。
ルームメートも同学年の女の子で、いろんなことを教えてくれました。
アメリカの食事にも、英語にも慣れてきて、
もうアメリカ文化に溶け込んでいるような気がしていました。
こんなに早くアメリカに馴染んだことが嬉しくて仕方なくて、
日々アメリカンな自分に酔っていました。
それが段々時間が経ってくると、変わってきました。
友達がいくらいても、日本とは付き合い方が違う。
言語に慣れてきても、日本とは感情の表現の方法が違う。
会話ができても、文化と価値観が違いすぎてついていけない。
生活に馴染んだと思っていても、周りからは違うと思われる。
差別はないように見えるけれど、実際は生活のいろんなところに見え隠れしている。
想定してはいたけれど、こんなにも違うのかと驚き、悩み、苦しみました。
それは、私が日本人で、東京という大都会から来て、早稲田大学という大きい大学の学生で、
私自信のパーソナリティーもあって、ということで生まれた違いなのですが、
とにかくどうしたらいいのかわからず、ぶつかっては砕けての繰り返しでした。
せっかくの留学、楽しまなくちゃいけないのに、今全然楽しくない。どうしよう。
比べちゃいけないし、比べたくないけど、やっぱり日本にいた時の仲間の方が好きかもしれない。
日本にいた時にしていたことがしたい。
完璧な留学を求めていたのに、これは留学失敗なのかもしれない。
あんなにいろいろ捨てて来たのに失敗なんて絶対に嫌だ。でもこれは成功と言えるのかしら・・・?
超ポジティブと思っていた自分がどんどん崩れていきました。
「留学めっちゃ楽しそうだね♪アメリカの生活うらやましい!」
「ゆきのことだから、絶対に充実してるだろうなー!成長して帰ってくるのを楽しみにしてるね☆」
という日本の友達からのメッセージにこれほどプレッシャーを感じるなんて自分でも驚きました。
楽しんでいないのに、楽しいよとにこにこ答えなければならないのが辛くて仕方ありませんでした。
この負の連鎖からどうやって抜け出したのか。
それは、スカイプ中の友達からの何気ない一言でした。
「昔から留学してる人の話聞いてて思うんだけどさ、みんな文句言いすぎなんだよ。
人生なんだからさ、全部完璧にうまくいくわけがないじゃん。」
私の目から鱗が落ちました。
私は今まで完璧に成功させなければ留学する意味がないと思っていました。
完璧な授業プラン、完璧な友達関係、完璧な課外活動、完璧なアメリカ生活。
確かに、これは一年しかない大切な大切な留学。でも、私の人生の一部でもある。
自分の人生を振り返ってみて今まで全てが完璧だったことなんて一度もなかったことに気づき、
なんだ、じゃあこれ、普通じゃない!と思ってから気が楽になりました。
さったら今の環境でこっちでしかできないことをやろう。もともとやりたいこと沢山あったじゃない!
楽しいだけが充実でもないんだから、苦しいことにも向き合おう!
残りの数か月を思いっきり満喫しよう!
そんな風に思えてからは、楽に、自分のやりたいことに没頭できました。
友達関係では、人のことを気にしすぎず、自分が主張したいことはきちんと主張するようになり、
大切にしたいものは人からなんと言われようが大切にするようにしました。
感情の伝え方については、日本の文化をよく知る友達と一緒に話すことでだんだんわかってきました。
文化と価値観の違いは、とりあえずそのまま受け入れてみることに。
日本でやっていたことをこっちでも続けられるかもしれないと思い、
学校放送のラジオパーソナリティーやファッションショーの司会にも挑戦しました。
英語で伝えることが難しく、寝る間も惜しんで練習したのですが、成功した時の喜びは格別でした。
第二言語習得が専門分野な私は、近くの小学校のESLのクラスで働かせてもらうこともできました。
英語を母語としない子供達がいきいきとして英語を英語で学ぶ姿が印象的でした。
興味があることには飛び込んでみようと思い、
ハワイクラブに入ってアメリカの文化の一つであるフラダンスに熱中しました。
人と人の和を大切にするハワイアン達に認めてもらえて、
一つの大きなファミリーの一員としてステージで踊らせてもらったときの感動は忘れられません。
完璧じゃなかったかもしれない。
でも、今振り返ってみると「充実した留学」だったと思います。
留学を終えて日本に帰国してきた私は当時の自分の一生懸命さと必死さがかわいらしく思えます。
アメリカに向かう飛行機の中で、
日本でのことと今の気持ちとこれからの留学について書き込んだノートがあります。
そこには
「これからは何も知らない誰も知らないところで一から自分の生活を作らなければいけない。
留学を成功させるためには一生懸命がむしゃらにいろんな人と出会って仲良くなっていこう。」
とありました。
この時は、「留学を成功させる」という言葉に苦しめられる日が来るなんて夢にも思っていませんでした。
そして、「成功させなきゃ。どうしよう。」と悩んでいるときは、悩まなくなる日が来るなんて思いもしませんでした。
それでも考え方一つでこんなにも人は変わりました。
人生っておもしろい。素直にそう思いました。
とことん考えて悩みぬいて、いろんな人の話を聞いていろんな価値観に触れて、
そして最終的には自分の軸を大切にしながら行動する。
これは私が留学で学んだ一番大きなものだと思います。