続きです。






ついに大学病院に緊急搬送。
心が壊れて大号泣の三十路。
大学病院へつくと、すぐに内診、エコー、NST。
全く自覚なく弱い張りは訪れていたようです。








結果MFICUへ入院。
到着時子宮頸管長は1センチ切っていた。
12月の中旬。
先の見えない4ヵ月入院の確定。
血管がわかりづらいらしく、来て早々に8回も失敗される。
年末年始は病院。
クリスマスも年末もお正月も1人ぼっち。
夫にも毎日会えない、一緒に寝られない。
唯一の良いところは、個人病院では3日に1回のシャワーを個室についているシャワールームで毎日浴びれる事だけ。
年末にはMFICUを出なくてはならない(何もなければ2週間で大部屋)。
個室では電話を毎日頻繁に寝るまでしてくれていましたが、大部屋はそうもいかず。
TVも冷蔵庫も課金。
トイレもシャワーも共同。
耐えられない。






夫に相談して、MFICUを出たら差額ベッド代1日16,000円かけて個室にしようとなりました。







こんなにこころが死んでいるのにまだ21週入ったばかり。







お腹から赤ちゃんいなくなっちゃえとと毎日思っていました。




22週になり、もう堕ろす事はできない。






そして、さらなる悲劇。




12月24日
クリスマスイヴ
妊娠24週
とうとう胎胞が見え、子宮頸管長は7ミリに。
子宮頸管縫縮術決定。
今まで病気や、大きな怪我、入院・手術を一切したことがなかった私。
恐ろしかった。
夫に朝から電話してすぐ来てもらう事に。
大号泣する三十路。
優しくなだめて、不安を取ろうとしてくれる夫。
17時より手術開始。
背中の麻酔怖かった。
痛かった。
手術も怖かった。
死にたくなった。
19時30ころ病室へ。
夫を見た瞬間またしても涙がぽろぽろ。
夫はよく頑張ったと褒めてくれました。



続きます。