去る4月23日
妻が夜間中学へ入学した。
 
私がタイで働き、住んでいた頃に知り合い結婚した。そして長女が生まれた。最初の頃はそのままタイに住むつもりだった。仕事もあるし、家もあった。
 
しかし娘の教育のためにと娘が1歳の時に妻は日本へ来た。
 
日本語も英語もほとんど話せなかった。幸い私はタイ語がやや話せるので通訳しながらなんとかやっていた。
だが考え方や文化習慣がタイと日本では大きく違う。
食事も外国の食材は高価で好きなものが手に入らないストレスもあった。
時にはホームシックにかかり何日も塞ぎ込む事もあった。それでも長女のためと我慢した。
 
そして長男と次女に恵まれた。
3人の子育てに追われて大変だったと思う。保育園に送迎して家事をしてと自分の時間など全くない日々が続いた。
 

 

 

 
長女が小学生になって近所の空手道場に通い始めた。下の子の面倒もみながら長女の習い事をいつも応援していた。
長女が試合に出れば常に付き添い、勝てば自分の事のように喜び、負けると一緒に肩を抱き合って泣いていた。
 
やがて長男も空手を始めた。すると自分も習いたいと言い出した。自分も子供達と世界を共有したい、と言った。
 
子育てに疲れているだろうが、何か打ち込めるものが有れば毎日に張りもできるだろうと思い、背中を押した。
 
幸いだったのは空手道場の先生がタイをよく知り、タイ語が堪能だった事だ。何かの巡り合わせのようなものを感じた。
 
稽古に励み昇級審査を受けて、試合にも何度か出場した。時には入賞も出来た。子供達も応援してくれた。
 

 

 

 
そうして子育てと空手の生活が続きあっと言う間に10年近く経った。
 
実家の母親が危篤の時も間に合わなかった。葬儀で目が開かなくなる程泣いていた。最後を看取れなかった親不孝を詫びる姿に心が痛んだ。
このまま母の近くに居たいと言い出すかと思ったが、日本を選んだ。
 
好きな旅行も遊びも、ショッピングも我慢していた。
 
旅行替わりに子供達の空手の大会で遠征先の名所巡りが楽しみだった。
 
子供達が大きくなるにつれて日本語も理解できるようになり、日常生活は1人でも困る事はなくなった。少し余裕ができ始めた。
 
そんなある日1つのチラシが目に止まった。
 
「介護職を目指す外国人のための日本語講座」
 
という自治体支援の学習教室だった。日本は高齢化が進む中介護する人材が不足していた。
 
妻は興味を持った。昔から高齢者に対して敬意を持つよう躾けられたタイ人の妻は自分でも出来るんじゃないか、と思った。
 
そして講座を受けて、日本語や介護の実践を学んだ。講座終了後に「介護職員初任者研修」と言う資格を取得出来た。初めて取得した公的資格にとても喜んだ。
 
仕事の紹介もしてくれ、不安ながらも日本で初めて職業についた。
現場の仕事を通じて、日本語、文化、高齢者の気持ちなどより多くの事を学んだ。
 
介護の仕事には上位の資格が有り、試験に合格すれば取得出来る。

 

 

 
だが日本語は難しく、何より受験資格が不足する。何年か経てば外国人向けの受験もできるのではないかと話していた。
 
そんな中で去年地元の相模原市に初の夜間中学が開校するニュースを見た。市に質問すると国籍にこだわらず広く募集しているとのこと。
外国人向けの日本語のサポートもあるらしい。
 
日本語を学びながら、日本の義務教育を修了すれば、次の夜間高校も受験できる。
 
母国のタイも発展しながらやがて日本と同じように高齢者社会を迎える日が来る。日本で学べば必ず役に立つ。夢が大きく広がった。
 
面接に行くと、担当の方は元教師でタイで日本語を教えていたという。何という偶然。ここでも何かの巡り合わせを感じた。
担当の方がタイ語を話せるので妻と直接の会話が弾んだ。動機、目標など自分の言葉で語る事が出来た。
 
そして入学の許可を貰えた。
健康診断も受けた。予習のため日本語の教科書も毎日読んだ。
 
そして入学式の日を迎えた。
第一回入学式、相模原市夜間中学の第1期生である。
横浜、川崎に続く政令指定都市の相模原市初の夜間中学とあって多くの報道陣も詰めかけた。
 

 

 

 
そこで同級生と一緒に新入生代表の言葉を述べた。タイから日本に来た時にこんな日が来ようとは夢にも思わなかった。
 
思えば妻にとってこの10数年は駆け足のような毎日だったと思う。
 
好きな事も満足にしてこなかっただろう。
 
それでもまだ向学心を持ち高みを望もうとする姿に心から敬意を表したい。よくぞ異国の地で踏ん張ってきたものだ。
 
昼間は仕事をして夜は学校に通う。
その合間に家事をする。
目が回るような毎日だ。
 
これからの3年間もきっと初めての経験ばかりで戸惑う事もあるだろう。
だけど決して妻は諦めないだろう。継続が力をくれる事を知っているから。
 
3年後の3月に我が家は長女、長男、次女、そして妻と4人揃って卒業式を迎える。
 
その日が来るのが今から楽しみだ。
卒業証書を持って記念撮影をしよう。
 
入学おめでとう!
しっかり、楽しく学んで欲しい。
 
妻の人生はいつも新しい扉が待っている。
扉が重い時は2人で開けよう。
 
I'll always be by your side.
เราจะเดินไปด้วยกัน