■第11章 窮地に追い込まれていく生産者

 

(1)政府の支援だけが頼みの綱

 

 昭和二十九(一九五四)年の上半期は、生産から撤退する事業者が相次ぎ、人造米業界は活力を失う一方だった。もはや自助努力で苦境を抜け出すことは不可能に近い。ならばどうするか。業界が最後に頼ったのは結局政府だった。政府は昭和二十八(一九五三)年に人造米の普及に力を入れることを表明したものの、具体的な支援策の実施は遅々として進んでいない。普及に向けた政策の早急な実施を、人造米業界は一丸となって政府に求めることにした。

 

 昭和二十九年六月七日、財団と人造米生団協の幹部らは食糧庁を訪れ、前谷長官に対し、人造米に関する閣議決定事項の早期実施などを求める要望書を提出した。その具体的な要望事項は次の通りである。

 

一、外米の輸入を削減して小麦を輸入し、外貨及び補給金の節約を図る事

二、外米の一部を合成米及びパン麺類に代替し、外貨及び補給金を節約すると共に、小麦粉及び国産諸澱粉による食糧自給の道を確立する事

三、小麦による合成米其の他の粉食を奨励し、これが助成措置を講ぜらるる事

 

 要望書では、第一項に「外貨及び補給金の節約を図る」と表記することで、国の財政負担を和らげるという意図を前面に出した。また、「合成米及びパン麺類」、「合成米其の他の粉食」と記すことにより、人造米業界の利益だけを考えているのではない旨を明示した。人造米に対する逆風が強まっている中、自分たちの利益確保を前面に掲げても、受け入れられないことは関係者の誰もが承知している。そんな中で、何とか政府に救済策を実施してもらえるようこの文言をつくり上げた。

 業界側の陳情に対し、食糧庁は、できる限り努力するとの回答を示した。また、原料の払い下げに関する資料が整い、大蔵省と折衝を開始する旨も告げられた。

 

 人造米業界は、政府だけでなく国会にも働きかけを行っていた。業界の代表者らは国会を訪れ、議員らに対し、外米の輸入削減を求める署名を求めた。衆参両院で同様の活動を行い、これをもとに実施への呼びかけを強めた。

 人造米業界の強い要請もあり、八月になって、ようやく政府が具体的な支援策の実施に動き出した。前年に策定された人造米生産育成要綱に基づく、原料払い下げの特別措置が発表されたのだ。

 

 八月五日に示された方針では、人造米製造に使用する原料は、小麦粉八十%、澱粉二十%となっている。それまでは砕米を十%弱混ぜていたが、輸入する砕米の品質が安定していないという難点や、価格の問題からこれを外すことが決まった。この措置により、それまで人造米工場に対して行われていた砕米の売却割当は廃止されることとなる。代わって、澱粉と小麦粉がその対象になった。業界が待ち望んでいた主要原料の払い下げが、ここに来てようやく実現することになったのだ。

 

 昭和二十九年八月時点で、人造米製造工場は百五十八軒あった。その内訳は、合成米協組が六十二、栄養米協組が四十三、その他が五十三である。これらが割り当てを受ける候補となるが、無論そのすべてが対象となったわけではない。この中には、規格の検査を受けていない事業者や、合格していない不良品を販売していた事業者も含まれている。市販される人造米の品質を維持するためにも、そうした事業者を排除する必要があった。第一回の原料割り当てに際しては、次の基準が設けられた。

 

 まず、規格に沿う検査合格品をすでに製造している工場であることが条件とされた。かつ、六月末時点で受検数量が五トン以上あり、今後も規格品製造を行い、普及を図ることが求められた。この基準に合致したのは二十五工場だった。さらに、原料の割り当てを受けた事業者は、小売価格を一キロあたり六十五円もしくはそれ以下、工場など大口消費者に直接販売するものは五十八円もしくはそれ以下とすることが要求された。その他にもさまざまな条件が設けられ、違反した場合は売却停止の措置がとられるほか、場合によっては違約金が請求されることも示された。

 そうした厳しい条件を課した上で原料の払い下げが実施され、高品質で低価格の人造米が市場に出る道が開かれた。人造米業界にこうした朗報がもたらされた背景には、倉地澱粉の尽力もあった。