最近またメディアでそれ関連の事が注目され始め、教育評論家と呼ばれている方々が様々な意見を口にしているようです。

 ですがみな、口にする言葉は同じように思えて、「教師が悪い」、「加害者が悪い」、「いやむしろ学校制度そのもので、だから問題に関わった全員が悪い」のような犯人を炙り出すような言葉ばかり。

 被害者が出て警察が動き出した以上、それは黙っていても警察がやってくれるでしょうし、それにそもそも、『教育評論家といえど事件の捜査、立証に関しては素人』である筈なのに……。

 自らの可能性を信じるのは自由ですが、自らを客観視する目、というものも少しは持って欲しいものです。


 それに『このような問題について』ですが……これも以前別サイトに書かせてもらった意見でそちらはどうやら載せてもらったようですけど……問題の根底はそこではないように思えます。


 確かに教師も加害者も、それこそ『その問題に関わった全ての人間』が全員、何らかの落ち度があるのは間違い無いとは思います。

 ですが、そもそもそれら全員、「苛めはとても良いものだ」なんて事を考えていた訳ではないでしょうし、もっと言えば、『苛めは良くないからやっちゃ駄目だという言葉を聞かずに今まで生きてこれた』なんて事はまず有り得ないと思います。


 そして、それでも実際、このような事が起こってしまうのが現実なのです。だというのに専門家の方々は……このような時にそこの問題点を指摘しないのでは、それこそ何の為にそのような方は社会に存在しているんだか……。


 1クラスに、生徒40人、そして担任は基本1人。

 各生徒を一個人として尊重し、対等な存在として付き合う。


 ……これが常識だとしたら、確かに今の『教育制度』は悪いですよね。

 これでは先生が「授業をするぞ」と声を上げても、生徒2人が「授業反対」と声を上げ、残りの生徒が「どっちでもいいや」と声を上げれば、『多数決』で授業が出来なくなってしまいますから。


 多分当時の教室内でも、先生が「苛めは良くない」と声を上げて、だけど2人以上の生徒は「別にこれ苛めじゃないし、だから関係ないよね」とでも考え、そしてこんな結果になったんだと思います。


 はあ……一体、誰がこんな常識を作り出してしまったんでしょうか、愚かとしか思えません。