愛のかたちは「量」ではなく「応答」——子育ての中で気づいた、研究に裏付けられた真実
はじめに——「愛情が足りない」と言われた日のこと「愛情が足りないんじゃないの?」義母にそう言われた日のことを、今でもはっきり覚えています。子どもの体調第一と思って毎日向き合っている自負があったのに、その一言で胸の奥がぎゅっと締めつけられるような感覚を受けました。帰ってから何度も「自分の何が足りなかったんだろう」と振り返りました。そんな私がふと気づいたのは、自分自身が育った家庭では、愛情のかたちがまるで違ったということでした。実母は、希望しないものをくれます。現在もです。私が本当に欲しかったものを伝えると、文句を言われました。だから私は次第に、「求めること」を自分から手放すようになりました。表面上、母は「世話を焼いていた」のだと思います。けれど、あの頃の私が受け取った感覚は、「愛されている」というよりは、自分の輪郭を消し去られているようなものでした。だから、「手をかけること=愛情」という方程式に、ずっと違和感があったのです。今回は、心理学の研究を踏まえながら、愛情と「一方的な価値観の植え付け」の関係を整理してみたいと思います。1. 「手をかけた量」は、愛情の尺度ではない心理学では、養育者の「敏感性(sensitivity)」「応答性(responsiveness)」という概念が長らく研究されてきました。Ainsworth(1969)は、母親の敏感性を「子どもの信号を敏感に察知し、それに適切に反応する能力」として定義づけています【Ainsworth, M.D.S. (1969).Maternal sensitivity scales】。この視座はその後の愛着研究に引き継がれ、De Wolff & Van Ijzendoorn(1997)のメタ分析では、敏感性と愛着の質の関連が統計的に確認されています【De Wolff, M.S., & Van Ijzendoorn, M.H. (1997).Sensitivity and attachment: A meta-analysis on parental antecedents of infant attachment, Child Development】。ここで重要なのは、敏感性は「かけた手間」ではなく「子ども側の信号にきちんと応じたかどうか」だということです。 たくさんの服を買ったか 食事を手作りしたか つきっきりの時間を長く取ったかこうした「手をかけた量」は、本来は愛着の質を直接は予測しないとされています。重要なのは、子どもがシグナルを送ったときに、それが受け止められたかどうか。この区別こそが、今回の私の疑問に直結しています。義母の「愛情が足りない」という言葉は、「手をかけた量が足りない=足りない」という、暗黙の前提のうえに成り立っていたのかもしれません。しかし研究が示しているのは、量ではなく応答の適合性こそが子どもの安心感の基盤だということです。2. 「一方的な価値観の植え付け」がもたらすもの——Psychological Control と Conditional Regard心理的統制(Psychological Control)Barber らは、「心理的統制(psychological control)」を、子どもへの愛や関心をテコにして、子どもの思考・感情・世界観を支配しようとする養育態度として概念化してきました。Barber, Xia, Olsen, McNeely & Crosnoe(2012)は、心理的統制が子どもの「尊重されていない」という感覚を強め、内面化を損なうことを示しています【Barber, B.K., Xia, M., Olsen, J.A., McNeely, C.A., & Crosnoe, R. (2012).Feeling disrespected by parents: Refining the measurement and understanding of psychological control, Journal of Adolescence】。Nelson & Crick(2002)は、心理的統制が子どもの身体的・関係的攻撃性を高めると報告しています【Nelson, D.A., & Crick, N.R. (2002).Parental psychological control: Implications for childhood physical and relational aggression】。一見「子どものため」に見えても、子どもの内面を無視して方向づける関わり方は、子どもの調節機能を削いでしまうのです。条件付き肯定的関与(Conditional Regard)さらに、Roth & Assor(2012)の研究は深刻です【Roth, G., & Assor, A. (2012).The costs of parental pressure to express emotions: Conditional regard and autonomy support as predictors of emotion regulation and intimacy, Journal of Adolescence, 35(4), 799-808】。彼らは、親が「期待通りに振る舞えば愛する」という条件付きの肯定的関与(conditional regard)を用いると、子どもの感情調節能力と親密な関係を築く能力が、不適応の方向に歪むことを明らかにしました。驚くべきことに、「否定的な感情を表に出しなさい」という方向での条件付き関与であっても、子どもの社会情緒的能力を損なうと彼らは結論づけています。つまり、よくある 「いい子にしなきゃ愛されない」 「泣かないようにしなきゃ愛されない」 「私の期待通りにしたら愛してあげる」——こうした構図は、「愛」を媒介にしているように見えて、子どもの内面の自由を実質的に奪い、愛着の安全基地を不安定にする可能性があるのです。3. もう一方の光——Autonomy Support(自律性支持)の研究群では、同じく心理学が示しているもう一つの答えを見てみましょう。自己決定理論(Self-Determination Theory)の文脈では、自律性支持(autonomy support)子どもの視点に耳を傾け、選択を認め、押しつけないあり方 が研究されてきました。Vasquez, Patall, Fong, Corrigan & Pine(2016)のメタ分析では、自律性支持が学業成果と心理社会的適応の双方に一貫した正の影響を与えることが示されています。【Vasquez, A.C., Patall, E.A., Fong, C.J., Corrigan, A.S., & Pine, L. (2016).Parent autonomy support, academic achievement, and psychosocial functioning: A meta-analysis of research, Educational Psychology Review】Joussemet, Koestner & Lekes(2005)の縦断研究では、自律性支持的育児が子どもの学校適応と学業達成を持続的に予測することが示されています【Joussemet, M., Koestner, R., & Lekes, N. (2005).A longitudinal study of the relationship of maternal autonomy support to children's adjustment and achievement in school, Journal of Personality】。Soenens & Vansteenkiste(2005)は、3つの生活領域(学業・余暇・友人関係)における自律性支持の先行要因・結果要因を検討し、自律性支持が子どもの自発的動機づけと well-being を高めることを報告しています。【Soenens, B., & Vansteenkiste, M. (2005).Antecedents and outcomes of self-determination in 3 life domains: The role of parents' and teachers' autonomy support, Journal of Youth and Adolescence】つまり、心理学が繰り返し示しているのは、「子どもの声を聴く」「子どもの選択を大事にする」ことこそが、子どもの内面的な安定と関係性の質を育むということです。これは「手をかける量」とはまったく別の軸の話です。4. 私の実母体験を、研究のレンズで振り返る改めて自分の経験を整理してみます。 欲しくないものを与えられた 欲しいものを求めると、文句を言われた だから求めることをあきらめたこれはまさに、Roth & Assor が指摘した 「条件付きの愛」の構図そのものです。私が得たのは「愛されている」という感覚ではなく、自分の欲求を表明することの禁止でした。気づけば私も、無意識のうちに「与える側・世話をする側」だけが愛情だという価値観を、自分のなかにインストールしていました。だから義母の一言に対して、「何かが足りないのかもしれない」と自分を責める方向に思考が流れたのです。けれど、Ainsworth 以来の研究が示しているのは、子どもにとって大切なのは「周囲の大人が自分のシグナルに目を向けてくれている」という実感である、ということです。量ではなく、応答の質。これは、与える側から見る「愛情」と、受け取る側から見る「愛情」が異なる可能性があるという、とても大切な気づきでした。5. 義母への「理解」ではなく、「自分の軸」を取り戻すことここで一つ、大事なことを書き添えておきたいと思います。この記事は、義母を断罪するためのものではありません。義母もまた、世代特有の「手をかける=愛情」という価値観のなかで、愛情を伝えようとしていたのだと思います。そのことに思いを寄せると同時に、その価値観が私の子どもの感受性と噛み合わない可能性があることも認めたいのです。大事なのは、誰かの愛情の伝え方を、自分の愛情の基準にしないこと。そして、自分のなかに押し込まれた「求めることを諦める癖」に気づくこと。心理学が示している自律性支持は、大人の私たち自身にも適用できる原理です。自分の欲求を認めること、自分の声を小さくしないこと——それを母親として子どもに向けると同時に、かつての自分の内面の子どもにも、今日から向けてあげる必要がありそうです。6. 最後にあなたが「愛情」の名を耳にしたとき、それが 「これだけしてあげたのに、足りないと言われる」 「期待通りにしないなら、爱されない」のような圧として聞こえた経験は、ありませんか?そして、もし今、誰かに「愛情が足りない」と感じている方がいたら、思い出してほしいのは 「愛情」とは、手をかけた量ではなく、子どものシグナルに応答する関係性のこと。そしてそれは、義母や世間の尺度ではなく、あなたとあなたの子どものあいだで育まれる応答の質で測られるものなのです。まずは子どもの言葉に耳を傾けませんか?【引用・参考文献一覧】 Ainsworth, M.D.S. (1969).Maternal sensitivity scales. De Wolff, M.S., & Van Ijzendoorn, M.H. (1997).Sensitivity and attachment: A meta-analysis on parental antecedents of infant attachment, Child Development. Barber, B.K., Xia, M., Olsen, J.A., McNeely, C.A., & Crosnoe, R. (2012).Feeling disrespected by parents: Refining the measurement and understanding of psychological control, Journal of Adolescence. Nelson, D.A., & Crick, N.R. (2002).Parental psychological control: Implications for childhood physical and relational aggression. Roth, G., & Assor, A. (2012).The costs of parental pressure to express emotions: Conditional regard and autonomy support as predictors of emotion regulation and intimacy, Journal of Adolescence, 35(4), 799–808. Joussemet, M., Koestner, R., & Lekes, N. (2005).A longitudinal study of the relationship of maternal autonomy support to children's adjustment and achievement in school, Journal of Personality. Soenens, B., & Vansteenkiste, M. (2005).Antecedents and outcomes of self-determination in 3 life domains: The role of parents' and teachers' autonomy support, Journal of Youth and Adolescence. Vasquez, A.C., Patall, E.A., Fong, C.J., Corrigan, A.S., & Pine, L. (2016).Parent autonomy support, academic achievement, and psychosocial functioning: A meta-analysis of research, Educational Psychology Review.