低気圧でだるくなるのはなぜ? 体の「気圧センサー」は内耳にあった
「季節の変わり目は、なぜか体がだるい」これ、気のせいだと思っていました。でも調べてみたら、ちゃんと研究されていたテーマでした。きっかけは、川本治療所のブログを読んだことです。「低気圧が来ると、体にかかっている圧が急に減って、体の中が膨張傾向になる」「気圧の変化を、皮膚や粘膜などの感覚器官が早くキャッチしてしまう」読んでいて「これ、内耳の話とつながるかも?」と思いました。そこで実際の論文を何本か読んでみたので、高校生でもわかるように整理してみます。この記事でわかること 空気の重さは、思っているよりずっとすごい 低気圧で体調が崩れる仕組みに、耳の奥(内耳)が関わっている 低気圧は「1回」より「繰り返し」で効いてくる 低気圧は体にとってストレスで、副腎から抗ストレスホルモンが出る ただし、まだわかっていないこともたくさんある1. そもそも「気圧」って、どれくらいすごいのかまず前提の話です。空気には重さがあります。1気圧(1013ヘクトパスカル)というのは、手のひら1平方センチメートルに、約1キロの重りが乗っているのと同じ圧力です。体重50キロの人の体の表面積は、だいたい1.5平方メートル。これを計算すると……1.033(キロ/平方センチ) × 15,000(平方センチ) = 約15.5トンつまり、ふだん私たちは「ゾウ2〜3頭分の空気」に、全身を押されながら生きています。それでも潰れないのは、体の中の圧が外の圧とちょうど釣り合っているからです。だから普段は重さを感じません。逆に言うと、外の気圧が急に変わると、そのバランスが崩れる、ということになります。2. 研究でわかったこと ① 内耳を壊すと、気圧の効果が消える最初にびっくりしたのが、Funakubo さんたちの2010年の論文です。やり方はこうです。 ラットの坐骨神経を傷つけて、慢性的な痛みを持つモデル動物を作る そのラットは、気圧を27ヘクトパスカル下げると痛みが強くなる(足を上げる回数が増える) ここで、事前に「内耳(耳の奥にある平衡感覚の器官)」を薬で壊しておく結果は……低気圧をかけても、痛みはまったく強くなりませんでした。ここが一番大事なポイント「気温を24度から17度に下げる」という別のストレスには、内耳を壊したラットもちゃんと反応して、痛みが強くなりました。つまり「感覚が全体的に鈍くなったから反応しなかった」のではなく、「気圧を感じる部分=内耳」だということです。3. 研究でわかったこと ② 内耳のどこが感じている?次は、マウスを使った佐藤純さんたちの研究です。低気圧(1013 → 973ヘクトパスカル)に50分さらしたあと脳を調べると、前庭神経核(平衡感覚の中継地点)の一部だけが活性化していました。しかも、オスでもメスでも同じように反応しました。2025年の論文では、もっと小さな変化(20ヘクトパスカルの低下を5分で、を3回繰り返す)でも反応することが確認されています。反応したのは「下前庭神経節」という部分。ここは、耳の奥の「球形嚢(きゅうけいのう)」という小さな袋から信号を受け取っています。▲ ヒトの耳の断面。気圧を感じると考えられている「球形嚢」は、卵円窓のすぐ後ろにあります。球形嚢は、卵円窓のすぐ後ろにあって、外の空気の圧の影響を受けやすい場所です。研究者は「気圧センサーは、球形嚢あたりにあるんじゃないか」と見ています。ちなみに鳥は、中耳にある「パラティンパニ器官」という装置で気圧を感じて、嵐を予測していると言われています。人間に同じ装置は見つかっていませんが、「耳の奥で気圧を感じる」という仕組みは、生き物にとって珍しくないんですね。4. 研究でわかったこと ③ 「だるさ」の正体は、ホルモンと自律神経だったここが一番おもしろいところです。2025年の研究では、マウスに低気圧をかけたあと、血液中の「コルチコステロン」というホルモンを測っています。これは、私たちでいうコルチゾール(ストレスホルモン)にあたるもので、副腎から出ます。結果はこうでした。 慢性的な痛みを持つマウス:低気圧を3回繰り返すと、痛みが強くなり、コルチコステロンも約3倍(50.7 → 140.3)に上昇 健康なマウス:低気圧をかけても、コルチコステロンは上がらなかった 群 血中のコルチコステロン ひとこと 慢性痛+低気圧3回 140.3 ng/mL 大きく上昇 慢性痛+気圧変化なし 50.7 ng/mL 基準 健康+低気圧3回 34.5 ng/mL 上がらない 健康+気圧変化なし 23.5 ng/mL 基準 ここから読み取れるのは、2つです。その1:低気圧の影響は「1回」では出なくて、「繰り返す」ことで蓄積する実際、1回だけの低気圧では痛みは変わりませんでした。3回連続で、はじめて強くなりました。季節の変わり目に低気圧が何度も来る、という状況と重なります。その2:低気圧は、体にとって「ストレス」として働いているコルチコステロンが上がる=脳の視床下部 → 下垂体 → 副腎という「HPA軸」というストレス対応システムが動いた、ということです。しかも、慢性の痛みがある状態でないと動きませんでした。つまり「気圧が下がる → 耳の奥が感じる → 脳の平衡感覚の中継地点 → 自律神経とストレスホルモン → 痛みや体調の変化」という、一本の線が見えてきます。5. 川本治療所のブログと、研究を並べてみるとここまで読んで、ブログと論文のどこが同じで、どこが違うか整理してみました。同じだったところ 「耳の奥(内耳)がカギ」という点。ブログにも「体液が内耳に急激に流れ込むことで目まいを発症」とありました。研究も内耳を気圧センサーと考えています。 「副腎」に注目している点。ブログは副腎の疲弊、研究は副腎から出るホルモンの上昇。同じ臓器を見ています。 「自分が弱っていると影響を受けやすい」という点。研究でも、健康な状態より慢性痛がある状態のほうが強く反応しました。ちょっと違ったところ自律神経の向きブログは「低気圧=副交感神経優位になって、だるくなる」と説明しています。副交感神経はリラックス側の神経ですね。一方、論文でわかっているのは逆です。低気圧は、血圧・心拍数・ノルアドレナリン(交感神経の物質)を上げます。つまり体にとっては「緊張する側」の刺激として働いています。ラットで交感神経の働きを止めると、低気圧による痛みの増強が起きなくなる、という実験もあります。ただし、ブログには「気圧が下がりはじめる瞬間は交感神経優位になる」という2段階の説明もありました。こちらの前半部分は、研究の方向と一致しています。このあたりは、実際に体感している人の話(臨床の知恵)と、実験で確かめた話(研究)で、まだすり合わせができていない部分なんだろうと思います。私自身は、どちらか一方が正しいというより、「まだ研究中のテーマなんだな」と受け取りました。「膨張した血液が血管と摩擦して活性酸素が出る」という説明は、今回読んだ論文では確かめられませんでした(むしろラットでは低気圧曝露後に足の皮膚温が変わらなかったという報告があります)。ここは今後研究が進むとわかるのかもしれません。6. まだわかっていないこと最後に、論文を読んで「まだここは言えない」と書かれていたことをまとめます。 気圧センサーの正体(どの細胞が、どうやって感じているか)は、まだ特定されていない 研究はマウス・ラットの実験で、ヒトで同じことが起きるかは推測の段階 気圧の「大きさ・下がる速さ・回数」のどれが一番効くのかは、まだ整理されていない コルチコステロンが痛みを強めるのか、逆に抑えるのかも、まだわかっていないだから、「気圧が下がるとだるくなる」という体感は、研究の世界では「たぶんこうだろう」という段階です。でも、内耳を起点にした説明は、ちゃんと実験で積み上げられつつあります。7. まとめ 空気は思っているより重い。私たちはゾウ2〜3頭分の空気をいつも背負っている 低気圧で体調が崩れる仕組みに、耳の奥(内耳)が関わっていることが実験で示された 低気圧は1回より「繰り返し」で効いてくる。季節の変わり目に不調が出やすいことと辻褄が合う 低気圧は体にとってストレスで、副腎からホルモンが出る ただし、まだわかっていないこともたくさんある「気のせい」だと思っていた体感に、名前をつけて説明してくれる研究があるというのは、なんだか少し安心します。最後まで読んでいただきありがとうございました!参考にした論文 Sato J, Inagaki H, Kusui M, Yokosuka M, Ushida T. Lowering barometric pressure induces neuronal activation in the superior vestibular nucleus in mice. PLoS ONE 14(1): e0211297, 2019. Sato J, Inagaki H, Kusui M, Yokosuka M, Ushida T. The inner ear is a barometric pressure sensor — change in barometric pressure induces vestibular ganglion cell activation in mice. Scientific Reports, 2025. Funakubo M, Sato J, Honda T, Mizumura K. The inner ear is involved in the aggravation of nociceptive behavior induced by lowering barometric pressure of nerve injured rats. European Journal of Pain 14(1): 32–39, 2010. Terajima Y, Sato J, Inagaki H, Ushida T. The effects of lowering barometric pressure on pain behavior and the stress hormone in mice with neuropathic pain. PLoS ONE 20(1): e0317767, 2025. 佐藤純「気象関連性疼痛のメカニズム」PAIN RESEARCH 34(4): 312–315, 2019.