令和元年 5月に母は亡くなりました。 

これは母が描いた絵です。

絵やデザインが好きで、いつも年賀状は手作り

裁縫や料理も上手な器用な母でした。

化学療法で体力が低下、もう治療の効果もない

と言われた頃、自宅で死にたいといった母。



その母はいつも長男のことを気にかけていました。

あの子が一番心配やと。

生きていたら話したいことごたくさんあります。

孫たちをとっても可愛がってくれました。

仏壇の前にすわって話しながら何度泣いたことか。

母に会いたい!




結局敗血症で最後は入院。自宅で看取ることはできませんでした。



時々夢に出てきてくれます。

こないだは一緒に大福を食べるという幸せな夢でした。