彼がこのようになってから、何がいけなかったんだろうと夫婦で考えることが多くなりました。育て方が間違っていたのかと自分を責めたりすることもありました。特に押さえつけて育てたつもりもなく、やりたいことをやらしてきたつもりでした。



小さい時から、ゆっくり話す子で優しい子供でした。

他の子と比べたらマイペースで何をするにも少し遅かった感じはありました。


長男は猫好きなんです。イギリス留学に行った時、デジカメ禁止だったんですね。うつるんですをもっていたのですが、景色とか友達の写真は一切なく、すべてホ-ムステイ先の猫の写真でした。

それには驚きましたが。。こだわりが強い傾向があったかもしれません。

こだわりが強い一面は服や食べ物にも。黒が好きで黒い服しかきません。それ以外は派手だと拒否。

そして服には無頓着。

いまだに私が買ってきた服きてます。

食べ物はラ-メンが好き。何も言わなければそればかり食べています。




生後6ヶ月から保育園に預けて私は働いていました。義母に可哀想だと反対されてましたね。。

でも保育園でたくさんの友達と触れ合いながら、刺激も受けつつ元気に育ってくれました。




保育園では特に発達の問題も指摘されることはありませんでした。成長期するにつれ、友達とも仲良く遊んでいました。
小学3年生から友人からの誘いで野球をはじめました。運動神経はあまり良くなかったですが、毎週土日は練習や試合。自宅に帰ってもキャッチボールやバッティングの練習とても頑張っていました。

周囲からは少し変わった面白い奴と思われていたのかもしれません。いじられキャラでしたが中学でやんちゃな男の子に技をかけられ、骨折するということもありました。

校長先生や担任、保護者の方が自宅まで謝罪にこられたこともありました。

今までどの時期が一番楽しかった??と聞いたことがありました。保育園が一番楽しかったと。あとは暗黒時代だったと。私の知らなかったことがたくさんあったのか。。複雑な気持ちでした。



高校は私学の特進クラスに行きたいとのことでそこに入学しました。国公立大を目指すクラスでしたが、現実的には成績は下の方で経過。

でも目指す大学はかなり上のランクを目指していました。成績は伴っていないのに先生や親、塾の先生から言われても無視。ここを目指すんだと聞く耳もたなかったですね。かと言って対策は自己流。あど説得するのに本当に困りました。


大学受験は失敗→大学編入を目指す予備校プラス通信で短大に入学→予備校辞めて通信の短大のみ継続→東京の大学へ編入  編入できた時は本当に嬉しかったです。抱き合って喜びました。


東京に引っ越し、一人暮らしをはじめました。しばらくして様子を見に行ったところ、

濡れた洗濯物が積み上げてあり、壁にカビが生えている。湿気が多く換気していない。

埃だらけ。

なんともすごい部屋でした。2日かけて掃除したのを覚えています。


結局、大学は年間2単位しかとれていませんでした。

親も全く気づくことができず情けなかったです。

一年半で退学。一体この時間はなんだったんでしょうか。