みなさん、こんにちは。
今日は寒さが舞い戻りまして
防寒着を着て、30分歩いてスーパーへ行きました。
スーパーに着くと、入り口で
「あれっ、ゆきえちゃん?」と可愛い声。
振り向くと、中学校の同級生が立っていました。
学年で、いや、学校全体で、いや、市内で
マドンナと呼ばれた
可愛い可愛い、女の子です。
「久しぶり〜元気〜![]()
」と盛り上がる41歳の私たち。
「相変わらずかわいいね」とデレデレな私。
可愛い子には弱いです。
「そんなこと言うの、ゆきえちゃんだけだよ。
私太っちゃってさ。。」と俯く彼女。
「できれば誰にも会いたくないんだ」と。
ええっ。
と驚きました。可愛いのに。
立ち話が進んでゆくと
彼女は打ち明けてくれました。
「子供も大きくなってきたから
本当はそろそろ仕事をしてみたいの。
でも旦那さんが仕事をバリバリ頑張っていて
家庭のことは全て私に任せたいらしいんだ。
わかるけどさ、社会から取り残されている気分だよ」
としょんぼりしている彼女。
なるほどな、と聞いておりました。
職業柄
このことは単に
旦那さんに気を遣っている、とか
奥さん、お母さんとしての役目がどうの、
には留まらないことがわかります。
旦那さんは自分に家庭を任せたいらしいけれど
仕事するなよ、とははっきり言っていません。
そしておそらく
「お前に家庭は全て任せる」と言っているかというと
そうではないと思います。
それに、仕事をしているからと言って
家庭を放棄していることにはなりません。
聞いたところによると
とても優しく穏やかな旦那さんだし
完璧な専業主婦を求めているようには
思えないです。
夫婦あるあるですが
暗黙の了解というか
「こう仄めかされている」と「感じている」だけで
事実とはかけ離れている場合が多くあります。
でも復職することに踏み出せないのは
「社会から取り残された」期間が長いため
仕事に復帰するのが怖い、ということ。
さらに
「今の自分を見られたくない」
が根底にあります。
本当は働きたい。人と繋がりたい。
でも「今の自分を曝け出したくない。
久しぶりの社会復帰でヘマをするのが怖い」
という葛藤の奥にあるのは
自己批判や自己否定。
つまり
これ以上、自分に自分を否定されるのが
怖いのです。
だから
「旦那さんは私に家庭を任せたいだろうし」
が、行動を起こさない理由として、出てきています。
本当は可愛いし
今もキラキラしているし
性格も最高に良くて、
包容力も抜群で魅力的な女の子なのに。
彼女が仕事を始めたら
救われる人がたくさんいること間違いありません。
でもここでもまた
「恐れ」の方が大きいと
働きたい、人と社会と繋がりたい、という本音に蓋をして
今の生活範囲内で平和に平穏に過ごすことを
選択してしまいます。
それで幸せならいいです。
でもきっと
「誰にも見られたくない」
は残ったままの生活になります。
それが心に影を落として
「私なんか」「私なんて」が出てくると
子供へもキツく当たるようになります。
彼女の場合は
「どんな自分であっても価値がある」と
感じられるようになると
驚くほど、今以上に輝いた姿で
過ごせるようになります。
それにしても
このように私たちは
幾度も幾度も本音に蓋をして
無理をしない範囲内でおさまろうとします。
傷つきたくないから。
もっと深いところで言うと
自分が自分に向ける言葉に
傷つきたくないからです。
自分を愛すると言うのは
簡単なようでとてもむずかしいです。
でも
本当に幸せに生きるのには
自分を誰よりも愛することが必要です。
誰にも見られたくないと感じる自分の姿も
愛せるようになると
復職なんて何も怖くない。
本当の望みを叶えてゆくには
自分を愛することが先にきます。
あなたの本当の望みはなんですか?
それを叶える手前として現在
100%中、何%
そのままの自分を愛していますか?