今月で誕生日を迎えて 年男の父は84歳になった。
いまでは ほとんど食べたくても喉を通らないのか
食が細くなってしまって
本来なら うな重でもご馳走しようって言ってたのに
残念ながら なんにも受け付けない。
せめて喜びそうなものを…と 検討してみたが
立ち上がっては息を整え すわったら自然と瞼が閉じてくる状態で
ほとんど 思考停止している様子の父に なにがふさわしいのかも
全く分からず 結局 言葉で
「おたんじょうび おめでとう~♬」
と伝えるしか 出来ることがなかった。
その言葉も 耳がすっかり聞こえづらくなっている父には
なかなか 伝わらず たった2か月でこんなにも弱弱しくなるなんて
娘の身になると 本当に悲しい。
母は 結婚してとっくに50年過ぎているから
父の生きざまも一緒にすごしてきてわかっているので
漠然と「こんな生活していたら やがて病気になるわ」って
想像していたという。
ヘビースモーカーで 周りからも散々肺癌になるわよ!って言われていたし
お酒が好きで 糖尿病のボーダーにさしかかるときだけ
休肝日を作って 数値が戻るとまた飲みだす。
母いわく 「あの人には ギャンブルやゴルフ スキーなどの趣味もなく
せいぜい自分のおこづかいで飲んで帰ってくるくらいで
モーレツサラリーマン時代に家族を養ってきてくれたから
好きにさせてあげようって決めてるねん」だった。
だから 定年退職後は 一時夫婦だけの暮らしをしていて
ボケ防止にって理由で お風呂掃除を頼んだり
食器を洗ってもらったり 母なりに考えて
父にも 家事に参加してもらっていたけど
70歳を目前に おそらく洗剤なんかの影響で
見事に 主婦手湿疹 から始まり あっという間に
老人性搔痒という状態になり 全身が痒くてたまらない状態にまでおよんで
父には余計に制限の多い老後生活になってしまった。
音楽を生業としていた時期があった私が唯一父にかなわないギターも
指先の乾燥から アカギレに発展して 弾けなくなった父。
お風呂にも 温かいお湯につかると出てきてから体中が痒くていられないからと
真冬でもシャワーぬるめのみで浴槽に入らず 脱衣所に電気ストーブをおいて
寒さをしのいでいたほどだった。
振り返ると何とも言えない気持ちになってしまうのは
私が娘だからなのかな。
母には母なりの覚悟があるみたくて 今のところ気丈にふるまっている。
父は 日に日に弱気になってきて 時々泣いているのかなって表情だ。
7月の緊急入院のときは 退院前のカンファレンスで
「あと 2~3年は生きたいと思ってる」と主治医に訴えていたのが嘘みたい。
親の看取りって 親が子にしてあげられる最後の事ってコトバ
よく耳にしてきたけれど
身体的な介護の大変さよりも 感情的な面で受け止める側も
けっこうな負荷がかかってくるんだなと 本当に感じている。
この2か月の間に 孫たちはたくましくも
毎日小学校の学童や 幼稚園の預かり保育に
普段通り通っていたらしいが
いま流行っている トビヒ にかかった孫2号と孫3号が
かなりひどかったらしく 毎年の夏なら 看病に飛んで行ってたんだけど無理。
それと同時期に孫4号は嘔吐を伴う体調不良を起こしていたし
孫1号は 夏休みの宿題を それなり~にこなしていた。
(親が一緒にみていてあげたら もう少しきれいな字が書けるだろうに)
そう思うのは ばぁばの立場であって 言うべきではないので
写メを送ってくれるだけで ありがたい。
共働き家庭の男の子四人は 少々のことでは へこたれないだろう(笑)
今日はめずらしく 私が体調不良で動けず
というのも メンタル面でのことではなくて
昨日の午後くらいから やたら頭痛がすると思っていたら
今朝起きた時から 片方の耳の奥が痛すぎて
これは 中耳炎かもしれない!!!!!
水を飲むだけで 顎とか動くと耳に響く感じで
ものすごく 不快なのだ。
耳鼻科に行くことも一瞬考えたけど 台風一過の外は
えげつないほど(これって標準語じゃないのかな?)
暑そうで 外に出るのも嫌気がさして 昼間は
ふて寝していたよ~。
夜も髪の毛を触るだけで痛いから シャンプーはあきらめて
ご飯もほとんど食べず 早く寝よう って思いながら
こんな時間になっちゃった。
父にエアコンの風よけルーバーを譲ったから
夜はエアコンを切ってねているせいで 暑くて目が覚めた。
あああ そーやん 明日「再度購入する」をしなくっちゃw
あら 前より安くなってるwwwwww
今から注文しとこ。
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