こんにちは!ゆきです😊
現在、大河ドラマ「べらぼう」に絶賛はまっています。江戸文化は学校ではざっくりとしかやらなかったので、大河ドラマは創作物だと分かりつつも、もしかしたらこんな感じだったのかなと思いながら、毎回わくわく楽しく拝見しています。
「べらぼう」を見て初めて、地口(じぐち)を知りましたが、これが意外と身近にある言葉遊びで、
・驚き桃の木山椒の木
・申し訳有馬温泉
・すいま千年、亀は万年
・余裕のよっちゃん
例えば上記のものが地口だと「眠れないほどおもしろい蔦屋重三郎」(板野博行、三笠書房)で紹介されています。
韻を踏んだり、ただ言葉を言うのではなくユーモアを持たせたり、こういう言葉遊びを日常から使っていると、くだらなささえも面白く感じて会話が楽しくなりそうだなと思います。
大河ドラマだと、蔦重は「ありがた山」「かたじけ茄子」をよく使っています。
言葉遊びは機転が効くと、まあおもしろいんですよね。きっと普段からユーモアを持って過ごしているから、ポンポンと地口が口から出てくるのでしょうね。
また、江戸の文化はなかなかおもしろく、文化人がお互いに刺激しあって絵や読み物、芸を作ってきたのだなとわかると、江戸時代のことを全然知らなかっただけに、全てが新鮮です。
なにせ、学校では暗記ばかりだったので、江戸時代をうわべしか理解していませんでした
蔦重の時代は、田沼意次の時代から松平定信の寛政の改革の時期であり、田沼時代の自由な雰囲気が文化を花開かせ、ポンポンと今でもわたしたちが知っている画家や狂歌詠み、戯作者が出てくるんです。時代背景をあまり理解していなかったので、自由な気風だから面白い江戸文化ができたのだなと納得しました。そして、松平定信の寛政の改革はケチケチ政策で、取り締まりもきつく、文化が萎れてしまったようで…(四方赤良と朋誠堂喜三二は筆を折り、恋川春町はお亡くなりになり…)、そんなこと学校では習わなかったよ~
「この人がこんな改革しました」で終わりで、その後どうなったのかにはあまり焦点が当たらなかった気がします。いろいろ端折りすぎて印象に残っていないな…。高校で日本史を専攻しなかったので、正直あまりよく覚えていません。
ただ、出来事には必ず始まりと終わりがあり、どんな経過を辿ってどうなったのかがあるはずです。暗記ってそういう前後関係や因果関係を飛ばしてしまうから不毛だなと思ってしまいます。
「べらぼう」を見て、本を読んでわかったのが、松平定信は吉宗さんの血筋の方だということでした。中学で松平定信がどんな出自でどんな人物なのかを習った記憶がないので、この方がどういう流れで老中になったのかがわかると、深く理解することができるなと思いました。「べらぼう」では、寺田心さんが後の松平定信を演じています。点と点を覚える学びではなく、一本の流れとして全体を見て理解する方が、わたしには面白いのです。仕事もそうです。点ではなく、面として全体を俯瞰できる方が面白い。
そんなことを思った今日この頃でした。
今回はここまで。
読んでいただきありがとうございました♡
(ありがた山の寒がらす、とでも言いましょうか )
それではまた次の記事で会いましょう!