こんにちは!ゆきです😊
今日はわたしが本を読むのが好きな理由(わけ)について書きます。
わたしは本を読むのが好きです。
細かく言うと、紙の本を読むのが好きなんです。
なぜ本を読むのが好きなのか。
なぜ紙の本が好きなのか。
音声になっている作品や要約アプリ・要約動画もあるのに、なぜ本を読むのか。
①作品世界を味わい、感じたいから
好きな作品に出会うと、いつも作品の登場人物の声や雰囲気が頭の中で聞こえたり感じたりします。まるで自分もその作品の中に潜り込んだように感じられるんです。これが音声で読まれてしまうと、声や雰囲気が変わってしまうように思うので、わたしは自分で読むことを選んでいます。
作品世界に没入すると、どうもその作品についてずっと耽ってしまうんです(笑)本を読むのが待ち遠しい、みたいな、わくわくを抑えられない気持ちになります。
その作品を読んでいるときは、とことんその作品に浸りたいですし、その分自分の精神面に大きな影響を受けます(笑)もちろん、プラスの意味での影響です😊その世界について興味が湧いて、覗いてみたくなります。
②好奇心をくすぐられるから
作品世界に没入している多くの場合、わたしの好奇心が結構高まります。知らなかったことを知ったり、興味が深くなったりしていくと、自分自身も体験したいとよく思うんです。
例えば、「蜜蜂と遠雷」(恩田陸さん)を読んで、ピアノを弾きたくなりピアノを再開しましたが、興味が湧くと行動に移したくなるんです。
好奇心に出会うと、自分の知らなかった窓が開いて、新しい自分に出会えるように感じます。
③インスピレーションを得られるから
本を読むのが好きで、自分が書き手ならどう書くことができるだろうか、と考えて読むこともあります。その際に、小説の書き方から着想を得たり登場人物たちから何かをもらうことがあるように感じます。
④自分の考えや価値観を知ったり整理したりできるから
本を読んでいくと、登場人物に共感したり理解しづらかったり、その時々でいろいろな感情に出会います。作品世界にある程度没入できると、この登場人物はこう考えるよね、とその人とまるで知り合いであったかのように考え方を知ることもしばしばありますが、自分とはこの点で考え方が似ている、とかそういう考え方もあるのか、となることが多いです。
普段言語化していないようなことであっても、作品の中で自分の気持ちを代弁してくれていると感じることもあるし、実はそういう言語化ができるのかと思うこともあるわけです。
要約動画等もあるようですが、要約はいくら客観的であろうとしても、その人の主観が含まれたものであることに違いはないし、もしかしたら意図的にそのような要約をして(要約者の都合にいい場所に)誘導しているのでは(考えすぎか(笑))と思うこともあります。
要約と自分の感じ方が異なっても、どちらも同じようにそれぞれには真実なのだから、創刊得ると、わたしは自分で作品を読み自分はどう感じ考えるのかを自分なりに出したいと思うのだ。
要約であっても作品の内容を把握したい人がいることを否定するつもりはない。だけど、作品を自分で読んでこそ知ることのできる体験が読書にもあると思う。
紙の本を読んでいると、気になったページに折り目をつけられます。綺麗に本を保存したい人には向かないかも…ですね。
折り目があれば、あとで見返したり、再読する際に初読時と自分の価値感の変化を感じられたり。自分の価値感をあぶりだすのに、紙の本の折り目はわたしには大事です。
理由を簡単にいくつか挙げてみましたが、読書は結構能動的ですよね。
本を読む中で自分の中がぐるぐる変わっていく、そう思うと、読書はやっぱり面白いなと思います。
今回はここまで。
読んでいただきありがとうございました