こんにちは、ゆきです😊
今回は好きなドラマ②として「野ブタ。をプロデュース」について書きます。
このドラマは私が中学生の時にやっていたドラマで、主題歌「青春アミーゴ」が大ヒットしたドラマです。当時、私はこのドラマの主演の亀梨さんが好きだったので見ていたのですが、このドラマ、結構深いんですよ😊ただのアイドルドラマと侮ること勿れ❗
この物語は、主人公・修二の心の変わり模様を表した秀逸な物語なんです。
★人生はゲームと同じ?中身より見た目?
「人生はゲームと同じだ」と主人公・修二が語るところから始まります。彼は物語開始当初は、人生はどんな役割を自分が演じるかによって決まるため、例え表面的なものであっても(例えそれが偽りの姿でも)人気者になることが大事だというのです。修二曰く、中身なんてどうせ誰も見ていない、外見が大事だと。
★「自分」を生きることとは?「仲間」とは?
修二は誰に対してもいい顔をしていますが、裏を返せば、修二は誰のことも信頼していないし心を開いていません。クラスメートに対して当たらず障らずの八方美人な態度とクラスメートのことを下らない人間たちだと見下す態度。表面的には修二はノリがいい奴ですが、自分の本心を話すことの出来る友達が修二にはいません。というよりも、修二はそんな友達さえ必要としていなかったのです。そんな修二の見栄と目先の損得だけで生きている感を見ると、私は寂しさと虚しさを感じます。
そんな修二が唯一むきになる相手がクラスメートの彰。クラスではお茶らけていて、周りからは「変わった奴」と相手にされていませんが、自分の思ったことは発言するし忖度しない姿は、修二をイライラさせます。もしかしたら、修二は彰を羨ましく感じていたのかもしれません。そんな態度をとったら、周りからは何を言われるか、どう思われるのか分かりません。修二は嫌われるのが怖かったのです。
そんな修二ですが、ある時転校してきたクラスメートの小谷信子(野ブタ)がいじめられているのを目撃し、自分がプロデュースして人気者にさせるというところから物語が動き始めます。
修二は彰と共に信子をプロデュースすることにしてから、徐々に2人を自分の本音が言える友達だと思うようになっていきます。クラスの中のヒエラルキー(ピラミッド)では、上位にいる修二と最下層にいる彰と信子。クラスでは2人と話したり仲のいい姿を見られたりすることを嫌がりますが、2人はそんな修二のことも疎まず受け入れ接しています。そして、修二がある一件でクラスメートからハブられた時に、顔色一つ変えずにいつも通り接していたのは、彰と信子でした。修二はこの時痛いほど「仲間」のありがたみを感じ、そこからは自分を偽ることなく過ごすようになりました。
修二は自分に弱さがあることもちゃんと認められたからこそ、自分をちゃんと見つめ受け入れることが出来たんだと思います。前のように人気者ではなくなっても、心で手を繋ぐことの出来る仲間を得て、修二は怖いものがなくなったように見えました。そんな修二だから、どこに行っても平気だと自分でも思えるようになって、物語は終わりを迎えます。
はじめは信子を人気者にするための学園物語だと思っていたこの作品は、途中7話でガラッと印象を変えます。確かに信子は修二と彰のプロデュースの成果もあり、学校で人気者になります。しかし、信子は人気者になりたかったわけではなく、修二と彰に喜んでもらいたいと思っていただけ。信子は修二と彰の存在に助けられながら、少しずつ自分の足で立ち上がることが出来るようになり、最終的には友達(修二、あおい)の支えにもなるくらい芯の強い人間性を魅せるのです。
周りからどう思われるかではなく、「私」がどうしたいのか。信子はそれを視聴者にたくさん魅せてくれているのです。
結局自分のことを大切にすることは、自分の周りにいる人をも尊重し大切にすることに繋がるということ。
アイドルのキラキラ青春物語ではない、このドラマ。なかなか見応えがあるので、私はお薦めしたいです❗
あれからもう17年も経つんだと思うと、早いですね(笑)