皆様、こんにちは!“英語でアート”の宮本デス。


突然ですが。。私の昔話^^;


私は小学校時代、アメリカのサンフランシスコで

過ごしたのですが、小6の時、親の仕事の関係で

フロリダ州の片田舎へ引っ越すことになりました。


サンフランシスコのある西海岸は日系の人や

アジア系が多く、通っていた現地校にも

白人、黒人、アジア系などなど、色んな

人種が混ざっていたこともあり、しかも

カトリック系の厳しい学校でしたので、

所謂“人種差別”に合うこともなく、ノホホンと

過ごしておりました。


それが、突然、フロリダ州、しかもマイアミとか

都会ではなく、ヴェロビーチという小さな小さな

街に行くことになったのです。我が家族がその街

唯一のアジア系だったようです。


1970年代のことです。


70年代といえば、南部においては、

黒人差別がまだ激しく残っていた時代です。


大都会であったサンフランシスコからフロリダに

越した時、子供ながらに、

最初の挫折?を味わったように思えます。


特に“いじめられた”という記憶はないのですが、

「人種が違う」ということは

かなり意識させられました。


近所にいつも遊んでいたキッズも

多くいたのですが、ある時

「アメリカ人と日本人は、本当は

一緒に遊んじゃいけないんだよね」とか、

「あなた、“日本人にしては”かわいいよね」

とか、グサグサ傷付けられるような言動が

あり、おとなしく、デリケートな私は苦悩しました。


その後日本に帰国し、大人になってから、

なんであの時、そのような言葉にメゲズに、

もっと堂々と自信を持って振る舞え

なかったのだろうか。。

と思ったものです。


ま、子供が自信もって堂々としているのも

不自然かもしれませんが。。!

(それにしても、アメリカ人のお子ちゃん達は

皆ませていたな。。)


自分は自分、アタシはニホンジン!と

強く思っていれば、もっと皆と仲良く

なれたのだと思います。


このようなプチ・トラウマがありましたので、

大人になって、これまた南部にある

ヒューストンへ行くことが決まり、


大丈夫なのかな?


と一瞬不安な気持ちにもなりました。


ヒューストンへ行く前に決めたのは、

とにかく、


自分に自信を持つ。

アメリカ人の中でも堂々と振る舞う。

大学では自らできるだけ発言する。

積極的に現地の人たちに話しかける。


上記を守ったところ、

以前のトラウマは吹っ飛びました。


結局のところ、

アメリカ人は、

「自分に自信を持っている人」

に対しては対等に接してくれ、

リスペクトしてもらえます。


モジモジしていると、

相手にされません。


この法則を知って、

自分から向こうの世界へ

飛び込んでみました。


そして、すべてが開けたのです!


そこで、、

またかい?と言われそうですが、

やはり、心から思うのは、

グローバル・パーソンになるには、

まず、彼らと同じ土台に立つ必要があります。


★「リベラル・アーツの知識を持つ」

(=教養を身につける)


★「自分に自信を持つ」こと。

(=“これは任せて!”というお得意ジャンルを持つ)


この二つがキーだと思います。


その上、英語で日本をアピールできるようになれば

最高ではないですか?!!




宮本由紀

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【はじめての“英語で西洋美術史”教養講座】(日曜昼間)(銀座)

http://ameblo.jp/yukiart2/entry-11933900525.html

【英語で西洋美術史】(火曜夜間)(外苑前)

http://www.artalliance.jp/lecture/arthistory.html

池袋コミュニティ・カレッジ(水曜夜間)(池袋)

http://cul.7cn.co.jp/programs/program_631040.html

朝日カルチャー・センター(水曜昼間)(新宿)

http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=260124&userflg=0&JCODE=0001

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