こんばんは。今日はいろいろと書きたいことがあったもので3投稿目となってしまいました
久しぶりにたくさんの方のブログを見た影響もあるかもしれませんが、ふと思い立ったのが「月命日」という言葉。
愛斗(あきと)が去年の7月26日に「後期流産」してから半年。
法事では半年を境にすることはないとネットにありましたが、昨日はなぜか飾ったことのない生花を次男と買って帰り、遺骨の右側に飾りました。
もう半年か
なんだか今となっては、愛しい我が子が無に近い存在。虚無感というよりも・・・
喪失感というよりも・・・
悲しみを通り越していってしまって、「あきと」という名前だけが残っている感じ。
身内の反対で名前すらつけてなかったら、本当に心から抜け落ちてしまっていたかもしれない。
そして、今日、月命日というよりは「ハーフバースデイだ」
って思い立ち
危うく忘れてしまうとこでした。
亡くなっているのに、ハーフバースデイなんて
でも、心の違和感に気づけてよかった
今日になって、左側のお花を買い足して、今の時間になって
ケーキもスーパーのものだけど、お供えしてみました。
亡くなっているのに、お祝いなんて正直変
自分でも思う
でも、なんだかしっくりきてしまった。
悲しみどころで、頑張ってお顔を見せてくれた「あきと」に感謝を見せられなかったから。
そして、毎日、「この苦しみは子供を死なせてしまった罰なんだ」って自分に言い聞かせてきたからそんな余裕もなかったかも。
よく聞く、「赤ちゃん自身が死んでしまうとわかっていても、自分で生まれる日を選んでくる」っていうの。
私の場合は「母胎感染」で。
私のせいで流れてしまったのは事実。悪い菌が「あきと」に移ってしまったんだと産科医に聞いて。
そして、「妊婦健診受けなかった」ことも責められた。
「受けなかったんじゃない!子供が入院していて受けられなかった!!」
口が裂けても言えない。次男が緊急オペになったのもたまたまで、誰も悪くない。入院に付き添いできるのが私しかいなかっただけ。
入院中に、誰が付き添いの母親を心配する?
誰に相談すればよかったの。
半年たったけど、こどもたちが「あきちゃん、いってきまーす」とか「あきちゃん、ただいまー」とか言ってくれたりしてる。
いい子に育った。
頑張ってここまで育てたよ。
誰も褒めてくれないけどね。いたわってくれないけどね。
だって母親が育てるのが「あたりまえ」だもんね。
いい母親を演じてるだけだもの。
だめだ。ちょっと涙とまんない。
仕事で忙しいの、すごくわかるよ。
あなたのおかげで生活してるんだもん。感謝してる。課金ばっかしてごめんね。それで現実逃避してるの。
でも何時間も子供みてるとさ、つらいんだもん。。
助けてほしい。
解放されたい。
苦しいばっかなんだもん。
弱音吐いてごめんなさい。新年度なったら、下の子供も幼稚園行くんだ。
それまで頑張ることにしてる。
こんなこと言うの今日だけ。みんなのいいね。で生きてる実感、喜び。
明日からも頑張ります。




























