神様はどこにいるの? | 心に光を呼びます Padme★yuki

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誰の心にも、神様とのホットラインはあります。
いろんなもので隠れてしまってるだけです。
私でよければ、見つけるお手伝いをします。

 


神社の御神殿に、このような鏡がありますね?
ご神鏡というそうです。
(ちなみにこのご神鏡は、戸隠神社のもので、
 仏教のように蓮の花の土台です。
 明治政府の神仏分離令が出るまで、
 神仏は一緒に存在するものでした)

もともと、太陽を神とする太陽信仰から始まるので
太陽の光を映す鏡に、神が宿ると考えれていたとか・・・

でも、この前に立つと何が見えます?
自分が見えますよね?

そうです。
神は、
自分自身の中にいるのです。

それはどんなに凶悪な犯罪者だろうが
もれなく皆さん、自分の中に神がいるのです。
あなた自身が神だと言っても
過言ではないでしょう(笑)

自分が神であることを自覚するには、
鏡「かがみ」の真ん中の
「が(我)」
をとることだと言われています。
(「かがみ」 から 「が」 を抜くと 「かみ」)

ここでいう「が(我)」とは・・・
「自分だけ
というふうに周りと自分に分離感を生じさせたり、
自分への過大評価(特別意識)や
自分を卑下したりすることです。

ですから、「我をとる」というのは、
ありのままの
素直な自分を
素直に認めること。


自分は貴い存在であるとともに、
自分をとり囲む
すべてが貴い存在であることを認め、

すべては繋がっている
と感じる境地です。


神社の鏡に向かって拝むということは
外なる神さまを拝んでいるようにみえて、
実は鏡に映った内なる自分を拝んでいる
ということに気づけば、
自ずと拝み方も変わると思います。
発した祈りが、そのまま自分に返ってくるということですから。

無理な願いには、無理なる人生が・・・
不満の願いには、不満の人生が・・・

笑顔の祈りには、笑顔の人生が・・・
感謝の祈りには、感謝の人生が・・・


本音ではない、とりつくろった祈りをしても、
自分の内なる神を通じて、
天に情報が漏れており、
すべてお見通しなので嘘は通用しません。
お天道様はお見通し 


「神のために」と、
善い行いをしたとしても
本音の部分に
「これだけしたのだから」という
驕り や 徳積みの意識、
見返りの意識があれば
神はあなたと同じように見返りを求めるでしょう。
(ご利益と引換に、あなたの大好物を絶つ。とかね)

自分の中に光の存在である「神」が在ることを信じ、
手を合わせて、
「いつもありがとうございます」
と感謝をこめましょう1027.gif 

そして、自分の身勝手や傲慢、
卑下、
思い込み、
やり過ぎで、
自分を傷つけたり、
弱らせてしまったなら
「ごめんなさい・・・」と、 あやまりましょう。

「ありがとう」は、感謝の言葉ですが、
「ごめんなさい」も感謝に通じます。
慈悲深い神は、
よしよし
と癒してくれます。

この2つの言霊は
心を元気にして輝かせるだけでなく、
肉体をも健康にするので一石二鳥です。
神様だけでなく
日々、使うといいですよね☆

こちらの文章を私なりにアレンジさせていただきました


こちら
三唱すると良いそうです。
幸魂(さきみたま)
奇魂(くしみたま) 
守り給へ(まもりたまえ) 
幸へ給へ(さきはえたまえ)
詳しいおはなし


さきみたま?くしみたま?それ何?

一霊  
直霊(なおひ)
内在の神仏の中心的存在(自分の本神)
四魂  
荒魂(あらみたま):現象化をもたらす働きをする魂
和魂(にぎみたま):調和、統合する働きをする魂
幸魂(さきみたま):知恵、洞察力をつかさどる魂
奇魂(くしみたま):奇しき力(奇跡など)をつかさどる魂