〜話は明治になり〜

明治維新によって、
職業と従来の自由が図られるようになり、
明治20年代前半に曽祖父で、
分家の初代になる喜右衛門が、
家族と共に今の地に移住してきたと
源昌寺過去帳から推測される。


曽祖父は至って頑健であったが、
祖父は病弱で、仕事も思うように
できなかったと聞く。

その為に祖母が全ての野良作業をこなしていた。
年老いた曽祖父と共に
一家を支えるのに、随分と苦労をしたと思う。

この間の事情に関しては、父は詳しくは話してはくれなかった。

苦しい思い出は語りたくなかったのだと思う。

唯一の手掛かりは、遠縁にあたる、
川下(仮名)さんから、直接お聞きしたことが、
僅かに残っている。


祖母の従姉妹にあたり、大変仲が良かったようだ。
特に近くに引っ越されとからは、
より身近に付き合いが始まったと
聞かされた。


今も尚、鮮明に覚えていることがある。
私が、小学2年の時だった。
田植えに川下さんがこられた時に、
休憩のお茶を持って行ったら、
『あんた達、兄弟仲良く、一日も早く大きくなって、お父さんを手助けしなくちゃいけないよ。
大変苦労しているからね。おばあさんも、無茶な働きをしたから、体を壊されてしまい、本人も大変残念だったと思うよ。』
と話しをされたことがある。

この話しは、後に幾度か聞かされる。