最近、ふと感じていることがある。


スピリチュアルな学びというのは、

知識を増やすことでも、

誰かの言葉を信じることでもないのかもしれない。


それはきっと、

自分の身体を通して体験すること



今世というこの身体を通して、

行動して、感じて、

人と出逢い、エネルギーに触れ、

その周波数を響かせていくこと。


そうやって体験していく中で、

少しずつ自分という存在が澄んでいく。


そして不思議なことに、

自分を深めていくことは、

同時に誰かを深めることにもつながっていく。




誰かを変えようとしなくても、

教えようとしなくても、


自分の在り方が整っていくほど、

その振動が自然と周りへ広がっていく。


それは与えることでも、

受け取ることでもない。


ただ、循環の中に立つという感覚。


自分を大切にすることが、

相手を大切にすることにつながる


自利利他が、

自然とひとつになっていく。



だから私は、

人と会うことや、

誰かのエネルギーに触れる体験を大切にしている。



それは何かを“得る”ためではなく、

自分という器をさらに澄ませるため


今世のこの身体を通して生きること。


行動し、感じ、響き合いながら、

自分を深めていくこと。


きっとそれが、

誰かの世界を静かに照らすことにもつながっていく。


そしてそんな循環の中で生きることが、

私にとっての喜びなのだと思う。


今日もこの身体を通して、

人と出逢い、感じ、響きあえる幸せ。


今日もありがとう。

いつもありがとう。