2月末、施設で母が息を引き取りました。




この何日かはいつもより水分が摂れたり




ヨーグルトが食べられたりしてたのに。





この日のお昼、アキラと2人で 




面会に出かけて




その時職員さんから




朝、ゼリーが喉に詰まって




吸引をしたと聞かされた。





それから母の息が浅くなり




酸素マスクを付けられていた。





元々朝から手や足には




チアノーゼが出ていたそうだ。




それでも少しずつ酸素の量が




増えて少し落ち着いてきていたようで




様子を見て口にできる物を




与えてみますねって




話してくれていたのに。





面会から帰ってしばらくして




施設から連絡があり




母の呼吸の状態が悪いので




来ていただけますかと。




どうしよう。アキラ、手が震える。




慌てて姉の会社に連絡して




ケイトに連絡して...。





私とアキラが再び施設に着いた時には 




母の息は昼より明らかに




弱々しくなっていた。




まだ逝っちゃだめだよ!




まだ早いよ!




今、ヒロも来るから待ってて!





必死に叫ぶ。





私ね、ずっと母に伝えたい事があって




でもずっと言えなくて。




本当は母がまだ私達の言葉を




理解できている時に伝えたかった。




でもそれを言うと




死を予感させるような気がして




言えなかったよ。





でもね、亡くなる前まで人は




耳が聞こえているって 




だから声を掛けてあげてくださいって




介護士さんも言っていたから。





今までありがとう。




子供達を可愛がってくれて




ありがとう。




本当にありがとう。





一生懸命声を掛けてる間




家族が集まった。





段々と息を吸う間隔が長くなる。




アキラやヒロが声を掛けると




また息を吹き返す。




母の左目から涙が流れる。





やがて母の息が止まってしまった。




まるで小さな子供のように




私は泣き叫んだ。





母が骨折によって要介護5になり




全介護になった頃から




私は胸が苦しいと感じていた。




そしてこの日、今まで以上に




胸が重く痛く息苦しかった。




母が瀕死の状態だというのに




胸が痛くて息が出来ないくらい




苦しかった。





母が亡くなって




気がつくとその胸の痛みは




消えていた。




大声で泣き叫んだから消えたのか




母の苦しみを




体感していたかのようにも思えた。




あの胸の痛みは何だったのか。





あれから2週間。




バタバタと慌ただしく日々は過ぎ




母のいない喪失感だけが残った。




こんな日が来るとは




こんな日が来なければよかったのに。




施設に行けば母に会えた。




もうその姿はどこにもない。




いつか違う世界で会える日が




来るのだろうか。