いつから自己表現をやめてしまったのか
きっと 私がやりたいことは 独自で唯一無二な自分の世界観に溺れて生きていくこと だ
生産性に追われることがつらかった
このマウント合戦は何なんだろうと思ってた
今日カフェで夕飯を食べながら、
読もうと思いつつ9万字におののき全く着手していなかった、
やまけんさんの『天才系(アート型)ビジネス 〜vol.1 移住〜』を読みました。
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帰り道いつの間にか泣いてた。
私は 幼稚園で脇目も振らず一心不乱にアンパンマンの絵を描き続けていたあの頃のように生きたかったんだ。
そう気づいたら涙が止まらなかった。
小学生まではまだ個性があった気がする
図工の作品や読書感想文が結構入賞していた
中学で私立の進学校に行ってからは
新しい知識を得ることが本当に楽しかった
それと同時にテストで点を取ることに注力していく
そのおかげで 幸か不幸か 成績がどんどん伸びた
ここからかな
点数が高くても評価されない音楽や美術の授業は手を抜き始める
なんでこんな"無駄"な授業があるのかと思ってた
数学や英語ができる方がよっぽど評価された
この頃から感覚ではなく頭で生きるようになっていく
どうすれば評価されるのか どうすれば優秀でいられるのか
自己を表現すること オリジナルな何かを作ることに「嫌だ」という感情すらあったのを覚えている
点取り合戦に快感を覚え、答えがあるものが好きになっていった
家庭環境も大いに影響しているだろう
他の子がみんなで外で遊んでいるのに
1人 教室の中で 無我夢中でアンパンマンの絵を描き続ける我が子を 母は "社会不適合者" だと思った
なんとか "社会で生きていける子" に育てねばと彼女も必死だったと思う
協調性を持ちなさい 周りに迷惑をかけるな 勉強して専門職につくしかあなたの道はない
それが彼女の教育だった
また彼女と異なる意見は許されなかったため、
自分の意見を言わないこと があの家における最善の生存戦略だったことも大きいと思う
こうした過程で 私は 「画一的生産性人造人間」 になり
自己表現を置き去りにしていく
会社に入ってからは 尚更それを強め 生産性に追われていく
しかし生産性が高いだけの人材など腐るほどいる
誰かが辞めても新しい人間を補充すればいい。それで組織は回る。
私はロボットなんだ と思うようになり心身疲弊し会社を辞めた
大きな組織の一員でいるとロボットになってしまう
じゃあ自分でビジネスをしよう
そう浅はかに考えた
最近になって それはより一層 過激な競争 生産性の渦 に飲まれていくことだとわかってきた
資本主義で生きていく以上、生産性 競争 スピード は免れられない
とにかく 速くしろ スピードが命だ と言われる
頑張るしかない 適応してくしかない と思っていた
とても生きにくかった
わたしはとても飽き性だけど
唯一ハマり続けていることが 音楽を聴くこと だ
(音楽を演奏するほう嫌いだった 何度も同じところを練習させられることが苦痛だった)
何で音楽が好きなのか その謎がずっと解けなかったが
今日はっきりわかった
私は "世界観に浸りまくる" ことが好きなんだ
洋楽を聴かないのはだからなんだ
言葉がわからないから浸りにくいんだろう
作詞と歌い手が異なるアーティストにもあまりハマらない
これも自分の言葉じゃないと 私にとっては世界観が弱くなるからなのかもしれない
B'z と あいみょんが好き
最近は特に あいみょん しか聴いてないと言っても過言ではない
あの "生々しさ" がたまらない
小説や漫画を読んだりドラマや映画を見るにはものすごく覚悟がいる
感情ごと入りすぎて帰ってこれなくなるからだ
視覚の情報は刺激が強すぎて現実に戻ってこれない
感受性が強いとメンタルに波ができる
だから 生産性 においては 欠点だと思ってきた
感受性の強さは私の才能
もっと感覚を研ぎ澄ませて感性で生きていきたい
もっと自由に個性的に表現したい
それがビジネスでも許されると知った
移り住みたい
やっと本当のスタートラインに立てた気がする

