子どもをやる気にさせたい。
そう思っていらっしゃるお母さんは多いのではないかと思います。
特に勉強の分野でそう思っている方は多いはず。
やはり、勉強はできないよりも、できた方がいいですよね。
では、その理由について考えたことはありますか?
アドラー心理学では、自分が属する共同体(家庭、学校、社会)に対して、自分はどのような貢献ができるかを考えることが重要、と考えます。
もし、勉強ができれば、職業の選択肢も増え、より多くの人に対して貢献をすることができるようになることでしょう。
ぜひとも子ども達には、そんなことを意識して生きてもらえたらと思います。
いわゆる共同体感覚を持った子に育てるのが、アドラー心理学的な子育ての目標です。
その点で、いつもこんなふうに子どもに言ってあげることはできるでしょうか?
「あなたが勉強しなければ、困るのはあなたではなく、将来あなたと共に生きる人なんです。
あなたが勉強を続けた結果、地球温暖化が解消されるような大きな発見をし、砂漠でも育つ植物の開発に成功したとしたら、あなたのおかげで数多くの人が幸せを手に入れることになります。
その人たちのために、今、あなたは勉強するんです。
そんな大きなことをやろうと思っていないとしても、将来、必ず誰かと関わりながら生きていくことになるのですから、その人たちのために勉強という道具を使って、自分を磨いておくことは、大きな意味があります」
「手紙屋 雪蛍篇」 喜多川泰著より
人は誰かのために働く時、喜びを感じて、その力を発揮するようにできているようです。
いつもこんなふうに言われている子は、勉強の目的を心から納得し努力を厭わなくなるかもしれません。
このように、勉強する意味について日頃から伝えるならば、子どもも自然とやる気になるはず。
そして、そのように伝えることで、子どもの「価値感」を形成し、それは彼らが生きる上で大切な役割を果たすに違いありません。
その意味でも、「自分のために勉強するのよ」とエゴイズム教育は避けたいものです。
エゴイズム教育とは、アドラー心理学でいうところの「自己執着」と言われる状態に近い視点を持つことと言えるのかもしれません。
自己執着とは?
この出来事は私にとってどんな意味があるだろう? 私が幸せになるために何ができるだろう?
もし、みんながそんな視点を持って好き勝手に暮らしたら、あっという間に住みづらい社会になるに違いありません。
そしてエゴイズム教育は、子どもが自分自身に価値があることを見出すことができずに、生きる意味をも見失わせることもあるかもしれないのです。
だからこそ・・・
子どもたちを共同体感覚を持った子に育てたいものです。
共同体感覚とは?
野田俊作先生は、次のような定義をしています。
この出来事はみんなにとってどんな意味があるのだろう? みんなが幸せになるために私は何ができるだろう?
もし、そんな視点を持った子が増えるとすると、社会はどうなると思いますか?
きっと素敵な社会になるのではと思います。
これからの時代をよりよい時代とするためにも、共同体感覚を持った子供たちを育てていく必要があるのかもしれません。
そのために私ができるのは?
とりあえず、地元でアドラー心理学やコーチングの勉強会を開いていきたいと思っています。
参考図書 「アドアー心理学基礎講座応用編テキスト」
アドラーギルド編