みなさんにとって、苦手な親族はいますか?

私にとって“おば“は、苦手とまではいかないものの

「どんな話をしていいか分からない相手」でした。



というのも、おばはわたしの父の姉なのですが

父よりも15歳上で5人姉弟の1番上。

歳を重ねても「姉ちゃん」と呼ばれ、

弟たちは誰一人として逆らえない存在でした。



父がおばとどこかへ行けば、帰ってきたら

“姉ちゃん“の愚痴ばかり。

もちろん、助けてくれた話とかも聞いてはいたのですが

だからこそ父親は頭が上がらなかったようで

母と私にはグチグチ笑




それを聞いて育ったからか、

私もいつの間にかリラックスできない状態になり

他の親戚とは違う「気を使う相手」でした。





ある日、おばから予想していなかった提案が。



「ゆきちゃんを養子に迎えたい」



おばは子供がおらず、旦那さんは既に他界。

家のことや持っているものをどうしたいかと思った時に

私が思い浮かんだみたいでした。



とてもありがたい。

その気持ちは嘘ではなかったのですが、

一人っ子で母ももう亡くなっているので

私がおばの養子に入るということは

父親が戸籍上ひとりになる。



もちろん、これは紙の上の

役所的な手続きだから

私が今の苗字を変えておばの子になったとしても

父や母と縁が切れるわけではない。




そんなこと頭ではわかっていても、

なぜか心が「戸籍から母親を消したくない」とか

そんなことしなくても家のことはどうとでもできるのにとか

なんだかいろんな反発をしていたんです。



でも父は養子に入ることを賛成していたし

「姉ちゃんが亡くなったら戻ってくればいいじゃん」

的なスタンスでした🫨(この楽観的なところは見習いたいポイント笑)



父親がそれで安心するならそれもいいのかな〜

まだ母親を戸籍上消したくないとか思ってるけど

多分それも変な執着なのかな〜って思いながら

手続きを進めるために戸籍謄本を役所でもらったりしていたんです。







「姉貴が亡くなったって」



突然の訃報

思わず「えっ…!?」と大きな声を出していました。




高齢者の一人暮らしにも関わらず

亡くなった翌日に発見していただくという奇跡。


いや、本当は奇跡じゃないんだ。

全部おばが一生懸命に生きていたから。



おばは夜から明け方に亡くなっていて

家の前を通ったおばの元生徒さんたちが

昼になっても常夜灯がついていることに異変を感じてくれた。



チャイムを鳴らしても出てこない



「先生はこんなことはしない!」

「絶対に何かがおかしい。お願いだから確かめて欲しい!!」



騒ぎに気づいた向かいの家(また違う元生徒さん)の方が

消防に通報してくださり、おばは無事に発見してもらえました。






数日後、

私もおばの家に着き

片付けや整理をしながら思い出話をしていたら

出てくる出てくるメモメモメモ。




おばは何十年も前のものをずーっと丁寧に溜め込んでいました。

そしてその中に「ゆきの口座に振り込み」という

金額と口座、日付が書いてあるメモが何枚も。



時期的に私が留学する時、進学する時、

緊急でヘルニアの手術をするのに保険が効かなかった時など

どれも私の色々な節目をサポートしてくれている内容でした。




このただのゴミに見えるメモからは

おばの私への愛情がたくさん伝えわってきて



「あぁ、私の知ってる表現とは違うだけで

ずっと私に愛情をくれていたんだな」


と、深く深く伝わりました。



既に「母」のように私を愛してくれていた。

べつに変に気負わず戸籍を移しても良かったじゃないか。



心からそう思いました。







そして葬儀当日




式場はおばの通っていてた教会で

親族だけで行う予定でしたが、

地域がら話は早く広まるもので

たくさんの元生徒さん、同僚の方、

教会のお友達の皆さんが参列してくださいました。




おばの逝去に涙する人

おばにお世話になったと私たちに感謝を伝える人

おばのために歌いたいと愛情を表現してくれる人




参列してくださったみなさんが

その人の個性でおばへの愛情を表現してくれました。




「いつもおしゃれだった」

「先生はユーモアがあって授業が楽しみだった」

「先生と私たちがいたサークルは心が繋がっていた」




私が今まで聞いてきた言葉とは

違う角度、違う視野で捉えたおばの話は

本当に聞いてて嬉しかった。





「この街はどこを歩いても元生徒に会うから休まらん」

「早く東京に行きたい」



おばは、よくそう言ってました。

でも、この街で長年おばが先生をしてくれていたお陰で

こんなにも早く見つけてもらえた。

こんなにもたくさんのおばの記憶をシェアしてもらえた。






いま「家族葬」や「小さい葬儀」が流行している中で、

こうやってたくさんの方が集まり

泣いたり笑ったりしながら思い出を話し

家族も知らないような故人を知ることができるなんて

素敵で幸せなことだと思いました。



とても大きな愛のバトンをもらった

心が震えた日々でした。








そして1年経った今でも、ふと気付きが増えるんです。



おばが素敵でチャーミングでセンスがあって

素敵な先生だったと生徒さんたちに教えてもらった。




それって私とそっくりじゃん。

共通点があまりないと思っていたけど、

私も今は、ちょっとしたユーモアを大事にしながら先生をしている。



日本からイギリスに留学したことも

おばにとっては九州から本州に行ったことにシンクロしたのかもしれない。



私たちは本当はとっても似ていて

だからこそ、おばは私をたくさんサポートしてくれたのかもしれない。





気付けて良かったけど、

もっと早く気付きたかった。




一緒に銀座でショッピングして、

素敵なレストランで食事とワインを嗜んで

景色のいいところに泊まったら、

絶対楽しかったよね。



私たちもっと、友達みたいな関係になれてたと思う。





そして、私は人生において

たくさんの経験をして体験をするのが幸せだから

それをお金という物理的なサポートで叶えてくれて

本当に感謝しています。




おばちゃん、ありがとう。

直接伝えられなかったけど

大好きだよ!








最後に



あなたも、気づいていないだけで

きっととっても愛されている。



そして、他人の言葉や感情を物差しにせず

自分の体験と感覚で人と関わって

「いま」という時を大切にしてください🍀



飛行機の中で見た夕陽🌞





ここまで長い文章を読んでいただきありがとうございました。

また気づきがあればシェアしますね😊









星「私も愛されているの?」

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