彼はたくさん傷ついて大人になった。自分を認めてくれる人に恵まれなかったようで、生きる事を真剣に模索し行動はするものの数々の失敗をして壁にぶつかる。立ち止まっては生き方を顧みてまた進む。初めて自転車に乗った時のように、進んでは転びを繰り返して生きるバランス感覚を磨いていった。
30代半ばになると、そのバランス感覚も整ってきた。若い頃に感じた心の枯渇感が薄れ、仕事もあり食うに困らない生活をしていた。自分を認めてくれる人がいなくても自分で自分を認めていけば安定感があるのを知った。周りにいる人から学び、本から学び、自分を磨く作業が自分を成長させる。こんな生き方が彼の拠り所となり人とは違う事をある種の自信としていた。
同じ年代の人間は適当に遊んで適当に結婚し、そして家族を持っていく。彼はそんな生き方は自分らしくない。もっと真剣に生きる事を考えて行く事が自分の人生だと思っていた。そして何よりも、そうした自分の生き方が必ず幸せになると信じていた。どこかで聞いた振り子の理論が彼を動かす原動力となっていた。人生の振り幅はマイナスが大きければプラスも大きくなる。マイナスが小さければプラスも小さい。だから今までの彼の大きな苦悩は努力で大きな幸せとなって帰ってくると、そう信じていた。
会社の人は飲んでカラオケで騒ぐ。合コンでどの子が良かった。そんな話ばかりで彼は距離を置いて誘われてもそのような場には行かなかった。その場についていけず、そんな事は好きではない。もっとやるべき事があると帰って本を読む毎日が過ぎた。周りの人間から学ぶ事はないと思い、歴史上の偉人や成功者の哲学が彼にとっての大きなコミュニケーションとなっていた。彼はだんだんと周りの凡人は邪魔なだけとなり、偉人たちと自分は同じだと思うようになってきた。
日曜日に本屋へ行くために池袋に向かった。新しい偉人伝を探しに本屋を巡るのが休日の日課となっていた。自分の命を懸けて生きた歴史上の人物の本を読んでは登場人物に自分を投影し立派な気分になり成長している思っていた。そんな自分の努力が将来大きな成果を生むと信じていた。
本を購入し駅前の交差点をを渡った。多くの人々が行き交うスクランブル交差点の中には幸せそうなカップルや家族連れ、サラリーマンの姿もある。雑踏に入ると彼は決まって同じ思考に入る。俺はこいつらよりは立派なんだ。バカたちが。今に見てろ、この交差点を渡る自分を見て皆が知っている位の人物になってやる。俺はこんなに立派なんだ。人生の達人なんだ。誰からも尊敬されるんだ。皆から注目されるんだ・・・
スピードを下げないで交差点に突っ込んできた車に彼はひかれた・・・
俺はこいつらよりは立派なんだ。バカたちが。今に見てろ、この交差点を渡る自分を見て皆が知っている位の人物になってやる。俺はこんなに立派なんだ。人生の達人なんだ。誰からも尊敬されるんだ。皆から注目されるんだ・・・
皆が注目している・・・
自分も自分に注目している・・
道端に倒れた自分が頭から大量に血が出ている。
こんなに人間て血液が肉体にあるのかってくらい赤黒い血が頭の周りに流れている。
自分が自分を見ている。
皆が自分を見ている。
いや、その光景の全体を見ていると言った方がいいかもしれない。
視点が目ではなく感覚で見ている感じと言った方がいいかもしれない。
全てを見ている、全てを見通せる感じと言った方がいいかもしれない。
これが最後の世界だと分かった。
何も無くなり、全体になるんだと。
全体の一部だった自分が全体に戻ろうとしている。
そこは認めるも認められるもない無い世界だ。
人と違う所もない世界。
元はみんな同じところから来てる。
立派やバカもない。
それは人間の時に頭の中で勝手に作った概念。
どれだけつまらない概念に惑わされていたのだろう。
偉人はその役割をしただけで凡人はその役割をしただけ。
大きく輝いている星があれば小さく輝いている星があるだけ。
小さく輝いている星が大きく輝く星に頑張っていたけど・・・
もっと注目されたいって頑張っていたけど・・・
立派な星なんだって思って頑張っていたけど・・・
もっと楽しんでればよかった・・・
もっと気楽に
頑張らないで
努力なんてしないで
小さな星なら小さな星で輝いていれば良かった・・・
