勢い | 『花のほかには』-fuyusun'sワールド-

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fuyusunの『何じゃこりゃ!長唄ご紹介レポート』
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時代
作曲
1787年(天明七年)
初代杵屋正次郎

1787年(天明七年)は、徳川家斉が第十一代征夷大将軍になった年です。

15歳という若さで天下のナンバーワンに。そして、彼は先代の時代に権勢を振るった田沼意次を免職。変わって松平定信を老中筆頭に据えて「寛政の改革」をした人です。

将軍の寵愛を受けるのは何も側室だけではありません。

将軍の信頼を最大限に受け、その威光をかさにワンマンな政治をする人はだいたいどの時代にもいらっしゃいますね。

田沼意次も十代将軍徳川家治の信頼を受けてその権勢を振るった。一説には賄賂にまみれた政治家だったとか。まあ、この時代、飢饉とか疫病が流行って田沼らはその対策に動くけれど全部裏目に出て事態を悪化させたとか、あまり優秀でないラベルの張られたお方。

賄賂大好きな人が政治のトップに立つと、庶民が苦しい思いをする。今も昔も変わらないです。


初代杵屋正次郎という人は、浅草の奥山の的屋や道端・境内で独楽回し伴奏をしていた人で、スカウトされて歌舞伎界に。二世杵屋六三郎の門弟を経て、1768年頃より森田座の長唄連中の中に名前が上がるようになり、1775年頃よりタテ三味線をつとめるようになった人物だそうです。

この時代からスカウトなんてあったのですね。

曽我ものの一つの曲です。
曽我ものとは、曽我十郎・五郎の敵討ち物語。江戸庶民がこよなく愛したヒーローたちです。という事で、けっこう、この二人の敵討ち物語が題材となった、歌舞伎や舞踊は沢山あります。

この曽我兄妹の敵討ちは鎌倉時代に起きた実話です。
曽我兄妹も仇の工藤佑経も、平将門の乱に出てくる常陸国司藤原惟幾の子孫である工藤一族。伊豆半島一帯に勢力をはった有力な武士の一族でした。
ある時、伊東祐親(兄妹の祖父)、河津祐通(兄妹の父)と工藤祐経との間に所領相論が起こった。1176年、祐通は祐経の家来によって殺害されてしまいました。
その後、祐通の母は幼い二人の子どもを連れて、同じく工藤一族の曽我祐信と再婚。
仇の祐経は源頼朝に寵愛を受け、鎌倉幕府の重臣となっていました。
曽我氏のもとで元服した二人は、1193年、富士の裾野の巻狩において祐経を討ち果たす。兄の十郎はその戦いの場で息絶える。弟の五郎は幕府に捕まり処刑されてしまう。兄は21歳、弟は19歳。短い生涯を閉じたのでした。

草摺とは鎧のすそにピラピラしているものがあるじゃないですか、アレの事です。
曽我狂言の一つの所作で“草摺引”というものがあります。
正月のある日。祐経の宴席にて兄の十郎がなぶりものにされていると聞いた五郎がいきり立って鎧を抱えその場に行こうとする。そこへ、二人の良き理解者であった小林朝比奈は「早まるでない」と、草摺の引っ張りいきり立つ五郎を止める。という場面を戯曲化したものです。
この草摺引が初めて題材になったのは、初代市川団十郎が演じた『兵根元草摺(つわものこんげんくさずり)』という狂言だそうです。その後、ちょこっとずつ脚色が変えられ色々と狂言が作られたそうです。

この朝比奈と言う人は、木曾義仲の妾、巴御前の息子と言われている人です。太刀の猛者と知られている人で、弁慶・小次郎に並ぶ日本の勇士の代表と言われている人だそうです。

この『草摺引』がもととなっている長唄は、この『勢い』の他に『正札附』、『花の巻』というものが代表作のようです。
『正札附』の場合、止める役として朝比奈というバージョンと、朝比奈の妹の舞鶴というバージョンの二つがあるそうです。
で、この『勢い』の場合は・・・・なんと、女装をした朝比奈なのだそうで、吃驚仰天です。
五郎の恋人は化粧坂の少将と言われる遊女です。
そうそう、歌舞伎に『助六』というのがありますが、助六=五郎で揚巻=化粧坂の少将です。
まあ、時代は鎌倉初期なので、あんな豪華なおいらん姿なんてありえませんが、お芝居ですから絢爛豪華なおいらん姿の朝比奈がいきり立つ五郎を止めるという場面設定だと思われます。
知らなきゃ、化粧坂の少将が五郎を止めているんだと思い込んじゃう・・・・。(無知というのは怖い)

いきり立つ五郎を止める下り、男同士という力強さより、色っぽさを感じる曲想になっています。
何故、女に変身してしまったか疑問。
歌詞に「止めるは鬼か小林の、朝比奈ならぬやさ姿」。思えばギャグのような歌詞ですね。

さて、この曲は短いし、親しみやすい旋律なので、初心者の曲として三味線もお囃子もお稽古する事が多いようです。
そうそう、子どもの頃、初めての三味線のお稽古場のお弾き初めで唄わされたなぁ。
それもお稽古していないのですよ。すごいいい加減。
突然、譜を渡され「隣のお姉さんと一緒に唄っていればいいから、大丈夫、大丈夫」だって。ぜんぜん大丈夫じゃない。
『勢い』という曲とはそういう出会いでした。以降、長唄の方ではお稽古して頂いた事が一度もありません。
お囃子の方では、大皮はこの曲で手ほどきでした。
小鼓と太鼓は、『雛鶴三番叟』の次にお稽古しました。けっこう短いけれど大好きな曲です。
はじめにやる曲って以外と印象が強く覚えているものですね。
今まで、数多く曲に出会っていますが、せっかく暗譜しても覚えているかどうかなんですけれど、最初の頃にやる曲というのは、意外とちょっと糸口さえ見つければスルスルと手組みが蘇ってくるものです。

短い曲だし、『正札附』より地味なせいか、あんまり演奏会などではこの曲聴く事ありません。