はじめに

医師などが患者の死を直接的な行為で引き起こす安楽死(Euthanasia)と。患者自身が死に至る行為(薬物等の服用)を支援、提供する自殺幇助 / 医師幇助死は生命、さらに人の尊厳を損なう行為である。しかし人の生きる権利を法律や制度で守っているはずの先進国でさえ、尊厳生は脅かされている。

 本稿では、イギリス、スイス、カナダ、米国での安楽死・#医師幇助自殺制度を比較し、あわせて世論の動向、障害者団体の立場、世論と障害者団体との乖離および緊張関係を論じる。最後に結論に代えて、日本における議論への示唆を提示する。

 

各国における安楽死・医師幇助自殺制度の比較

安楽死および医師幇助自殺をめぐる制度は、国・地域ごとに大きく異なっている。イギリスでは、積極的安楽死はいまだ制度化されておらず、医師幇助自殺についても長らく刑事処罰の対象であったが、近年、終末期患者を対象とする法制化の動きが進んでいる。スイスでは、医師が直接致死行為を行う積極的安楽死は禁じられている一方、利己的動機に基づかない自殺幇助は合法とされ、比較的広範な理由で利用されている。カナダでは、医師幇助死として積極的安楽死および医師幇助自殺の双方が合法化されており、一定の要件を満たす患者が対象となる。アメリカ合衆国では、連邦レベルでの合法化はなされておらず、積極的安楽死は全米で違法であるが、州法により一部の州で医師幇助自殺が認められている。

1 イギリス

イギリスでは、他者を助けて自殺を行わせる行為(自殺幇助・助長)は原則として刑事犯罪とされてきた。しかし、2025年6月にAssisted Dying Bill(#終末期成人向け援助死法案)」が下院で可決され、イングランドおよびウェールズにおいて、一定の要件を満たす終末期患者が援助死を選択できる制度の法制化が進められている。今後、上院での審議および成立後の規制整備を経て、実際の施行までには数年を要する可能性がある。

本制度では、対象は18歳以上で余命6か月以内と診断された成人に限定される。援助死の実施には、2名の医師による同意に加え、弁護士、精神科医、ソーシャルワーカー等から構成される専門家パネルの承認が求められる。また、致死薬は患者本人が自ら服用する「自己投与方式」が原則とされている。

2スイス

スイスでは、医師が直接致命的行為を行う積極的安楽死は違法であるが、自殺を助ける行為については、その動機が利己的でない限り刑罰の対象とならない。このため、スイスでは長年にわたり自殺幇助が事実上合法的に認められてきた。

自殺幇助は、営利目的や不純な動機に基づかないことが条件とされ、医師や民間団体が致死薬を提供し、本人が自ら服用する形式で行われる。対象は末期疾患に限定されず、慢性疾患や生活の質の著しい低下など、比較的幅広い理由が認められている点が特徴である。また、外国人の利用も可能であり、Dignitasなどの国際的な団体が活動している。

3 カナダ

カナダでは、2016年に医師幇助死が合法化され、医療による援助死として制度化された。対象は18歳以上の成人であり、意思決定能力を有し、自発的な要請に基づくことが求められる。

要件としては、重大かつ治癒不能な病気、障害、または疾患を有し、それによって耐え難い苦痛を抱え、回復の見込みがないことが挙げられる。精神疾患のみを理由とする場合については、現時点では適用除外とされており、2027年以降に制度変更が予定されている。実施方法としては、患者自身が薬物を用いる自己投与、または医師等が投与する方式の双方が認められている。

4アメリカ合衆国

アメリカ合衆国では、連邦法として医師による積極的安楽死を合法化する制度は存在せず、積極的安楽死は全米で違法である。一方、州法レベルでは医療援助死[4]に関する法律が制定されており、オレゴン州、ワシントン州、カリフォルニア州、コロラド州、ハワイ州、メイン州、ニュージャージー州、ニューメキシコ州、バーモント州、デラウェア州、およびワシントンD.C.などで、末期患者に対する医師幇助自殺が合法とされている。

一般的な要件としては、18歳以上で意思能力を有し、医師により余命6か月以内と診断された末期患者であることが求められる。書面および口頭による複数回の要請、待機期間、証人要件など、具体的な手続きは州ごとに異なるが、いずれの場合も致死薬は患者本人が自ら服用することが前提とされている。

 

世論の動向

安楽死および医師幇助死に対する世論は、制度の有無や歴史的経緯、宗教・政治文化の違いを反映しつつ、各国で異なる特徴を示している。本節では、イギリス、スイス、カナダ、アメリカ合衆国の4か国における国民意識の傾向を比較する。

1イギリス

イギリスでは、終末期患者に対する医師等による援助死の法制化に対する国民の支持は非常に高い水準にある。世論調査によれば、支持率はおおむね75〜85%に達しており、長期間にわたり安定した肯定的態度が維持されている。こうした世論の動向は、終末期における苦痛の軽減や尊厳の保持を重視する価値観が社会的に広く共有されていることを示しており、法改正を求める圧力が強いことが特徴である。

2スイス

スイスでは、1940年代以降、自殺幇助が一定の条件の下で合法とされてきた歴史があり、制度の存在が社会に深く浸透している。そのため、自殺幇助に対する社会的受容度は高く、制度の仕組みや前提条件についても広く理解されている。終末期に限定されず、慢性疾患や生活の質の著しい低下など、幅広い状況における「死の選択」が認められてきた背景には、個人の自由や自己決定を重視する社会的価値観が強く影響している。

3カナダ

カナダにおいても、医療援助死(MAiD)に対する国民の支持は非常に高い。2025年の調査では、約85%がMAiDを支持しているとの結果が示されている。特に、病状の進行によって将来的に意思表明が困難になることを見据えた事前申請制度に対しても、肯定的な評価が広がっている点が特徴である。これは、自己決定の尊重と同時に、将来の尊厳をあらかじめ確保しようとする志向が社会的に共有されていることを示唆している。

4アメリカ合衆国

アメリカ合衆国では、全体として安楽死や医師幇助死に対する支持は増加傾向にあるものの、国内での意見の分極化が顕著である。2024年のギャラップ調査によれば、安楽死71%、医師幇助死66%と回答しており、これらの支持率は、過去数十年で着実に上昇している。

一方で、オレゴン州など医療援助死の制度を有する州では支持が高いのに対し、宗教的保守性の強い州では反対意見が根強く残っている。このように、宗教的背景や政治的立場が世論形成に強い影響を及ぼしており、州ごとに賛否が大きく分かれている点が、アメリカの特徴である。

 

障害者団体の立場

安楽死および医師幇助死をめぐる制度に対して、障害者当事者団体(以下障害者団体と略す)は各国で重要な批判的アクターとして位置づけられてきた。本節では、イギリス、スイス、カナダ、アメリカ合衆国における障害者団体の主流的立場とその特徴を比較し、制度と障害者の権利との緊張関係を明らかにする。

1国別比較の概観

イギリスでは、障害者団体の立場は多様であり、反対意見がメディア上で可視化されやすい一方、条件付きで制度を支持する立場も存在する。スイスでは、長年にわたり自殺幇助制度が存在してきたことから、大規模な反対運動は比較的少なく、社会的合意が形成されている。カナダでは、特にMAiDの対象拡大に対して障害者団体の強い反対が見られ、主要団体が連名で法的措置を講じるなど、国際的にも顕著な抵抗が展開されている。アメリカ合衆国では、Not Dead Yetに代表されるように、障害者の権利の観点からの反対が主流を占めている。

1イギリス

イギリスの障害者団体の意見は一様ではないが、制度化に対する反対の声が特に強く、社会的に可視化されてきた。反対派の代表的団体であるDisability Rights UKは、援助死の法制化に対して「反対」または「重大な懸念がある」との立場を表明している。同団体は、障害者が十分に生きるための医療、介護、社会的支援が保障されないまま死の選択肢を拡張することは不適切であるとし、既存の制度的不平等や差別が温存された状態で援助死が合法化されることへの警戒感を示している。

また、多くの反対派団体は、いわゆる「スリッパリー・スロープ」論を強調し、制度が導入されることで、社会的に弱い立場にある人々が死を選択するよう圧力を受ける可能性を指摘している。

一方で、障害者の中には援助死を選択肢として支持する声も存在する。Disabled Activists for Dignity in Dyingなど、障害当事者や支援者によるグループでは、アンケート調査を通じて「支援を受けた死の選択肢」を支持する意見が示されている。2013年の調査では、回答した障害者の多くが末期患者に限定した法改正を支持し、団体としての立場を「中立から支持」へ移行すべきだとする意見も確認された。また、My Death, My Decisionが紹介する当事者の声の中には、「障害者であっても、人生の質が極端に低下した場合には安楽死を選ぶ権利を持ちたい」とする明確な支持意見も存在する。

2スイス

スイスでは、自殺幇助が長年にわたり事実上合法とされてきたため、制度そのものに対する大規模な反対運動は他国と比べて少ない。障害者団体を含む社会的議論は、制度の是非よりも、手続きの透明性や乱用防止といった運用上の課題に集中する傾向がある。

ただし、Not Dead YetやEuthanasia Prevention Coalitionなど、国際的に活動する反対団体は、スイス型制度に対しても批判を行っている。これらの団体は、障害者が生きるための支援よりも、死の選択肢が提供されやすい社会構造が強化される危険性を指摘している。

3カナダ

カナダは、障害者団体による反対が最も強く表出している国の一つである。MAiDが非末期の障害者にも拡大されたことに対し、多くの障害者団体は、障害者が「死を選ぶように追い込まれる」社会的圧力が強まると警告している。特に、貧困、介護不足、住宅や支援サービスの欠如といった未解決の社会問題が、死の選択を事実上誘発している点が強く問題視されている。

国連障害者権利委員会でのカナダ政府報告の審査で、MAiD制度を「制度的失敗」と批判し、必要な支援を受けられない障害者がMAiDを選択せざるを得ない状況が生じている可能性を指摘している。カナダに対する審査においても、「MAiD選択の背景に未充足のニーズが存在する」という懸念が公式に示された。

これを受け、Inclusion Canada、Council of Canadians with Disabilities(CCD)、Indigenous Disability Canada、DAWN Canadaなどの主要団体は連名で、死期が近くない障害者を対象とするMAiD(いわゆるTrack 2)は危険であるとして、憲章に基づく訴訟を提起した。Inclusion CanadaのCEOは、MAiDが介護や支援の不足を補完する制度ではなく、結果として死を勧める仕組みになっている可能性があるとし、「生きるための医療を求める障害者に安楽死が提示される」状況への強い懸念を表明している。

4アメリカ合衆国

アメリカ合衆国では、障害者団体による反対が制度議論において強い影響力を持っている点が特徴である。反対は宗教的理由よりも、障害者の権利や差別の問題に基づく主張として展開されている。

代表的な反対団体であるNot Dead Yetは、医師幇助自殺および安楽死の合法化が、障害者の命を社会的に価値の低いものとして位置づける文化を強化するとして、制度化に一貫して反対してきた。同団体は、援助死法が障害者に対する差別や圧力を制度的に正当化する危険性を有すると主張している。

さらに、全米自立生活評議会 など自立生活運動系の団体や、Disability Rights Education & Defense Fund(DREDF)も、医療・社会的支援が不十分な状況下で助死を選択肢として強調することは、弱者に不均衡な影響を与えると警告している。ニューヨーク州での合法化議論の際には、多くの障害者支援団体が連名で、在宅ケアや医療制度の課題が未解決のまま助死を制度化すべきではないとする声明を発表した。また、コロラド州では、障害者団体等が医師幇助自殺法の憲法適合性を争う訴訟を提起している。

 

障害者団体の乖離・緊張関係

安楽死および医師幇助死をめぐる議論において、多くの国で共通して確認されるのは、一般世論の高い支持と、障害者団体による強い懸念との間に生じている乖離および緊張関係である。イギリス、カナダ、アメリカ合衆国では、世論調査において安楽死や援助死に対する支持が多数派を占める一方で、障害者団体は制度化や対象拡大に対して慎重または反対の立場を示してきた。この対立は単なる意見の相違ではなく、安楽死制度が前提とする価値観や社会構造に対する根本的な認識の差異に基づくものである。

1「自己決定」の理解をめぐるズレ

世論における安楽死支持は、多くの場合、「自己決定の尊重」や「耐え難い苦痛から解放される権利」といった理念に支えられている。終末期において自らの死に方を選ぶことは、尊厳の保持として直感的に理解されやすく、特に医師が援助し患者本人が最終的行為を行う形式は、「自発性」が確保されていると受け止められやすい。

これに対し、障害者団体は、自己決定が常に自由で中立的な選択として成立するわけではない点を強調してきた。貧困、支援不足、社会的孤立、差別的価値観といった構造的要因が存在する状況においては、「選択」はしばしば制約されたものとなる。障害者団体は、安楽死や援助死の選択が、こうした不利な条件のもとで事実上「最も合理的な選択」として提示される危険性を指摘している。

2「苦痛」の社会的構成と不可視化される要因

世論において想定される「耐え難い苦痛」は、身体的・医学的苦痛に焦点が当てられがちである。しかし、障害者団体が問題視するのは、苦痛の多くが医療的状態そのものではなく、社会的・制度的条件によって増幅されている点である。介助サービスの不足、不安定な住居、経済的困難、差別的まなざしなどが、生活の質を著しく低下させている場合、それは本来、社会政策や支援制度によって改善されるべき課題である。

にもかかわらず、これらの要因が十分に解消されないまま安楽死制度が拡張されると、「生きることの困難さ」が個人の内的問題や身体的限界として再定義され、社会の責任が不可視化される。障害者団体は、このような「社会的失敗の個人化」に強い懸念を示している。

3多数派の安心と少数派のリスク

世論における高い支持率は、安楽死制度が「自分には関係のない極端なケース」に適用されるものとして理解されていることとも関係している。多くの人々にとって、終末期医療の選択は抽象的であり、制度がもたらすリスクは可視化されにくい。

一方で、障害者団体は、制度が導入・拡張された場合に、その影響を最も強く受けるのが社会的に脆弱な立場にある人々であることを指摘する。カナダにおけるMAiD拡大をめぐる議論や、アメリカの州レベルでの反対運動は、制度の「例外的使用」が、次第に「通常の選択肢」へと転化する過程への警戒感を反映している。

4制度化がもたらす象徴的メッセージ

障害者団体が繰り返し強調してきたのは、安楽死や援助死の制度化が、単なる個別的選択肢の追加にとどまらず、社会全体に象徴的なメッセージを送るという点である。すなわち、「特定の条件下では、死は合理的な解決策である」というメッセージが制度によって公的に承認されることで、障害者や高齢者、慢性疾患をもつ人々の生の価値が相対的に低く評価される危険性がある。

世論がこの象徴的側面を十分に意識しないまま制度を支持するのに対し、障害者団体は、日常的に差別や価値の序列化に直面してきた当事者として、制度がもたらす長期的影響を重く受け止めている。この視点の違いが、両者の間に深い緊張関係を生み出している。

5乖離が示す政策的含意

世論と障害者団体の乖離は、民主主義的意思決定における根本的課題を浮き彫りにする。多数派の支持に基づく制度化が、少数者に不均衡なリスクをもたらす場合、単純な世論追認型の政策決定は正当化されにくい。安楽死制度を検討するにあたっては、支持率の高さのみならず、障害者団体が提示する構造的問題や権利侵害の可能性を、政策評価の中心に据える必要がある。

この乖離と緊張関係は、安楽死・援助死をめぐる議論が、単なる「賛成か反対か」という二項対立ではなく、「どのような社会条件のもとで、いかなる選択が可能とされるのか」という、より根源的な問いを含んでいることを示している。

 

日本における議論への示唆

本稿で検討してきたイギリス、スイス、カナダ、アメリカ合衆国における制度、世論、障害者団体の立場の比較は、日本における安楽死および医師幇助死をめぐる議論に対して、いくつかの重要な示唆を与える。日本では、明確な法制度が存在しない一方で、尊厳死や終末期医療をめぐる議論は断続的に行われてきた。しかし、その多くは医療倫理や家族の意思決定に焦点が当てられ、障害者の権利や社会的条件との関係については十分に検討されてこなかった。

1世論形成の段階における慎重さの必要性

諸外国の事例が示すように、安楽死や援助死に対する世論は、制度化の進展とともに高い支持を示す傾向がある。しかし、日本において同様の世論形成が進んだ場合でも、その支持がどのような前提理解に基づいているのかを精査する必要がある。特に、終末期患者という限定的イメージのもとで形成された支持が、将来的に対象拡大を正当化する根拠として用いられる可能性には留意しなければならない。

多数派の支持が直ちに制度の正当性を意味するわけではなく、制度が社会的弱者に与える影響を同時に評価する視点が不可欠である。この点において、単なる世論調査の数値をもって議論を進めることには慎重であるべきである。

2「自己決定」を支える社会条件の先行整備

障害者団体が各国で共通して指摘してきたのは、自己決定は社会的条件から切り離された抽象的権利ではないという点である。日本においても、介助制度の地域間格差、家族依存型のケア構造、障害者や高齢者の貧困、施設依存の問題など、「生きるための選択肢」が十分に保障されているとは言い難い状況が存在する。

このような状況下で安楽死や援助死の議論を進めることは、「生きるための支援の不在」を前提とした自己決定を事実上容認する危険性を孕む。したがって、日本における議論は、死を選ぶ自由の是非を問う前に、生き続けるための選択肢がどこまで実質的に保障されているのかを問い直す必要がある。DPI日本会議を初めとする当事者団体は、この問題を生命尊重の視点で「#尊厳生」として議論している。

3障害者団体の参画と当事者の声の位置づけ

諸外国の比較から明らかなように、安楽死制度をめぐる議論において、障害者団体は単なる利害関係者ではなく、制度の構造的リスクを可視化する重要なアクターである。日本においても、議論の初期段階から障害者団体や自立生活運動、難病患者団体などの参画を制度的に保障することが不可欠である。

また、個々の障害当事者の賛否の声と、障害者団体が示す組織的立場とを区別して理解する必要がある。個人の体験に基づく支持意見が存在することと、それを制度として一般化することとの間には、本質的な差異がある。この区別を曖昧にしたまま議論を進めることは、当事者の声をかえって政治的に利用する結果を招きかねない。

4「尊厳」の再定義と差別の構造

日本の尊厳死論では、「苦痛のない死」や「家族に迷惑をかけない死」が強調される傾向が強い。しかし、国際的な議論が示すように、こうした価値観は、障害や依存を「尊厳の欠如」と結びつける差別的前提を内包しうる。

安楽死や援助死をめぐる議論は、「尊厳とは何か」という問いを不可避的に含む。日本においては、依存や支援を必要とする状態であっても尊厳をもって生きることが可能であるという価値観を、制度や政策の水準で明確にすることが求められる。その上で初めて、終末期における選択のあり方を検討する土台が整う。

5法制度化の前に問われるべき問い

諸外国の経験は、安楽死制度が一度導入されると、その対象や運用が拡大していく傾向を示している。日本において法制度化を検討する場合には、「どのような条件が整えば制度化を議論できるのか」「制度化しないことによって守られる価値は何か」といった問いを、あらかじめ明示する必要がある。

安楽死や援助死の議論は、個人の死に方の問題にとどまらず、社会がどのような生を支え、どのような生を困難なものとして扱っているのかを映し出す鏡である。日本における議論は、この構造的視点を欠いたまま結論を急ぐべきではない。

 

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