「テリィ。。来てくれたのね!」
テリィは真っ赤なバラの花束を車椅子のスザナにそっと渡した。そして頬に軽くキスをした。
「退院おめでとう。良かった。。」
テリィの言葉は相変わらず少なかったが、温かい眼差しと微笑みはスザナの心を温めた。
「テリィ。。ありがとう。。」
スザナはテリィ に会うと安心したように、明るい笑顔がキラキラと輝いた。
「さぁ、こちらへ入って。。そんな寒い所じゃ、風邪を引いてしまうわ。」
テリィはスザナの車椅子を押しながらリビングへと進めた。
「テリュース。良く来られました。スザナは首を長くして待っていましたから。」
マーロウ夫人の冷たい声が聞こえた。
テリィは罪人のように小さくなり、重苦しい気持ちが心を支配していた。
「今日はここへ泊まればいいわ、外はとても寒いし。。」
「いや。。明日は朝から稽古があるから、早く帰るつもりなんだ。」
「そんな。。」
「すまない、僕は君の元気な顔が見れたら充分だよ。」
「でも、お食事は一緒にさせて頂きたいわ。」
テリィ は黙ってうなづいた。
スザナは喜んで、テーブルのセッティングの手伝いをし出した。メイドがもうすでに整えていたが、バラを飾る壺がまだそこに無い事に気づき、車椅子で取りに行った。
その間にマーロウ夫人はテリィを呼び止めた。
「テリュース、話があります。こちらへ。。」
夫人は脇にある小部屋へとテリュースを案内した。
「テリュース、私はあなたに聞きたい事があります。」
「何でしょうか。。」
「スザナの将来の事です。」
マーロウ夫人は唐突にテリィに本音をいきなりぶつけた。
「それは。。!」
テリィ は何と答えるべきなのか、言葉が見つからない。
「まさか、このままで済むとは思っていないでしょうね。」
「。。。」
「。。あなたさえいなければ、スザナはこんな事にはならなかったのです。それを忘れてもらっては困ります。」
「。。。」
テリィ の顔は苦渋に溢れていた。
「あの子は生きる事を一度は諦めたんです。。!
夢も何もかも打ち破れ、これからどうして生きようと思えますか?」
「。。。ええ、わかっています。。」
「あなたには恋人がいたらしいけど、若い一時の恋など取るに足らないものです。スザナはあなたの事を命懸けで愛しているのです。自分の命よりもあなたが大切だと、今でも変わらないと言うのです!そんなスザナの気持ちを理解して心から愛してやってほしいのです!スザナをこれ以上傷つけないでほしいの!母からのお願いです!」
そう言って夫人は泣きながらテリィに懇願していた。
「マーロウ夫人、分かっています。。僕の命は彼女によって助けられた事も、心からの愛であった事も。。」
テリィ はきっぱりとマーロウ夫人に向かってこう告げた。
「僕は彼女を裏切ったりはしません。。」
テリィは愛しているとは言えなかったが、スサナを見捨てる事は許されない事だと思っていた。
「それを聞いて安心しました。愛は育てるものです。時間をかけてお互いにゆっくりと育んでいってほしいのです。。きっと育っていきますとも。。」
時間をかけて人を愛する。。愛せるものなのだろうか?愛してもいない人を時間をかければ愛せるようになるのだろうか。。
キャンディとの事は瞬間に電撃が走ったように愛が芽生えた。キャンディのためなら、自分の命さえ惜しくないとテリィ は今も思っている。
ところがスザナを同じように愛せるかと問われれば、それは断じてありえないとやはり本心では思ってしまうのだった。
「ところで、提案があります。私はスザナを助けるにも介護が必要です。メイドはいますが、不十分なのです。テリュース、どうかここに住んでもらいたいのです。」
「こちらへですか?!」
「ええ。」
「それは。。どういう意味ですか?」
「つまり婚約するという事ですね。」
「婚約。。。!!」
テリィは頭から水をかぶせられた思いだった。
もう逃げられない、どこへも。。
テリィはがんじがらめに動かなくなった自分の手足を見つめた。
スザナと婚約。。テリィはこんなに早くに人生の償いが迫っているとは思わず、すぐに返事できるものではなかった。
「しばらく、考えさせてくれませんか。。」
「ええ、それでもノーとは言わせませんよ。お分かりですね?」
「。。。」
その話をスザナはドアの外でじっと聞いていた。
「そんな事。。ママ。。テリィの本心は。。」
スザナはそのままそっとリビングに戻った。
「ママ、今日のこのローストビーフは今まで食べた中で一番美味しくてよ!」
重苦しい食事の雰囲気をスザナは明るく変えようとした。
「ねえ、テリィ 、お食事が終わったら私の部屋に来てくださらない?ふたりでお茶を飲みたいわ。」
食後にテリィ は階上のスザナの部屋へ抱き上げて連れて行った。
部屋は広々としてテリィ が持ってきたバラの花束が生けられている。
「ねえ、テリィ 。。私は生きていて良かったのかしら。」
「スザナ。。!何を言うんだ!当たり前だろ!」
「私があの時に死んでいたら、あなたはキャンディと別れる事もなかった。。こんなところに来なくても済んだはずよ。。」
「それは。。!」
「私はあなたを苦しめるために、生き残ってしまったように思うわ。。」
「それは無い。。それは無いよ。スザナ。。」
「いいのよ、ママが何を言ったか知らないけど、あなたはあなた、自由でいてほしいわ。私のために、犠牲になる必要ないもの。。」
「。。。」
「愛されていない事はわかっているの。。だから。。辛いのよ。。」
「スザナ。。」
「いくら命をかけてあなたを愛しても、あなたからは愛が感じられないもの。。それを無理矢理に私を愛してほしいって言っても、あなたは辛いだけよ。。」
「。。。」
「今からでも遅くはないわ!キャンディのところへ行って!こんな私のところに居る必要はないわ!あなたに責任はない!私が勝手にやった事なんですもの!悪いのは私。。!あなたに愛されもしないのに、そばにいられる方が辛いわ!私なんか死ねば良かったのよ!生きている価値など私には無いのよ!」
スザナの細い肩が震えていた。
テリィ はスザナの後ろから、肩を抱きしめた。
「スザナ。。生きてくれ、俺のために生きてくれ。。俺の生涯をかけて君を愛す。。」