え、足高が男女共学になって場所も移転して元足女が足利高校なの?

 

……気が付いたらもう21世紀も四半世紀が過ぎ、20世紀末期のあのころと比べたら足利市も目まぐるしく変化しているみたいですね、今の私は足利市から遠く離れた地にいますが。

 というわけで今回の思い出は、1985年ぐらいの足利サンフィールドについてのお話です。今現在ではこの場所は足利サンフィールドマウンテンバイクパークというマウンテンバイクコースになっていますが、1980年頃は足利サンフィールドアスレチックというフィールドアスレチックコースが設置された施設でした。しかし2013年にアスレチックコースの老朽化に伴いアスレチックコースは閉鎖され、その跡地にマウンテンバイクコースが誕生したとのことです。

 

  足利サンフィールドアスレチック

 

 足利サンフィールドアスレチックとは記していますが、当時の正式名称は不明です。私の周りでは、サンフィールドと呼ばれていたと思います。

 当時のサンフィールドは場所的にも施設的にも子供だけでは行けず、保護者の付き添いが必要不可欠だったと思います。基本的に車で行っていたため当時は詳しい場所は判りませんでしたが、足利市大岩町の大岩毘沙門天の入り口ぐらいの位置にあるようです。当時の施設利用料なども私には判りません。

 当時子供だった私は、日曜日に友達の家へ遊びに行き仲良くファミコンに興じているとアウトドア派の友達のお父さんが、部屋に籠ってゲームばっかりしてるんじゃないぞと言わんばかりに良くサンフィールドに車で連れて行ってくれました。ですので私はここへ自分の家族で行った記憶は無く、この友達一家と一緒に行った記憶しかありません。

 現地の駐車場に着き車を降りると、まあ、周りは山ですね。そして山の中のサンフィールドに向かい歩いていくと、たしかスタート地点あたりに山小屋をイメージした大き目の建物があり、軽食が食べられたりお土産が買えたりした覚えがあります。

 そしてアスレチックコースですが、今になってよく考えてみると当時子供だった私がそれなりにクリアできるようなものだったので、さすがに大人用では無かったとは思いますが、今となっては判りません。大人は付き添いで遊具の傍で見ていて、実際にアスレチックをしているのは子供しかいなかったような気がします。

 たしか、遊具に1から100まで?50?ちょっと記憶に無いですが通し番号が振られていた気がします。遊具に関しては、ほぼ木製の丸太と麻のロープで作られていた記憶があります。スタートの1番目の遊具から超えていき、木で作られた遊具にロープを掴んで登り、丸太の橋を渡り、ロープでできた網を超えていき、斜面を滑車に吊るされたロープを握りしめてぶら下がって下り、多種多様な遊具をクリアし、途中に大きな池があって池を渡るような橋状の遊具を渡り、大きなタライの脇に2つの空のドラム缶が付いたタライ船で池を渡り、また山の中の遊具を超えていき、そしてゴールを目指して遊びながら山の中を散策する…もう子供の冒険心に火が付くような最高のロケーションです。今思えば、令和の今なら命綱やハーネス必須のかなり高い場所へ上ったり、高い場所から高い場所へ行くような遊具もあったり、池での遊具は普通に落ちたら池ボチャになるものもあったりと…

 まぁ、昭和ですから…で許されるようなものもかなりあったと思います。こちらは高所が危ないだけ…だけか?であり、物理的に危ない箱型ブランコとかと比べたらね…

 

 

  最後に

 

 アスレチックコースといえば、やっぱりこれですか。サンフィールドと一緒に思い出しました。

 

 

以上