はい、今は西暦1993年:平成5年です。今上天皇:当時の皇太子殿下がご成婚し、Jリーグが初開幕し、記録的な冷夏による平成米騒動に見まわれ、ザウスにレインボーブリッジに横浜ランドマークタワーが開業した年です。
※この後のお話は事実に基づくフィクションです。
スロッターの朝は早くはない。朝9時に起床し身支度を整えたのちに9時15分に自宅を出ます。途中の有名ハンバーガー店で新聞を読みながら(主にテレビ欄とコボちゃん)朝食を優雅に食べつつ時間までゆったりと過ごします。そして9時45分に店へ到着。店の正面入り口前には10人ほど並んでいる…というか集まっていました。あ、今日は水曜日か…マガジンとサンデーでの暇つぶし率が高いです。
ここは、この界隈の店の中で唯一のパチスロ専門店かつモーニング…朝一の稼働を上げるためモーニング打ち込み機と呼ばれる特殊な機器を使い、開店前に自動でビッグボーナスを成立させた状態にすることで朝一からいきなりビッグボーナスが揃えられるサービス…を実施しています。3号機にはボーナス告知機能は無く、4号機のボーナス告知機能を搭載した台でもランプが点灯するだけの台ではそのランプを切ることで、外見からはボーナス成立を見破られなくしていました。当時設置されていた機種であるペガサスワープG(パル工業)やクリエイター7(北電子)などは、ほぼすべてのモーニング実施店で告知ランプが切られていたと思います。さすがにザンガスⅠ(大東音響)はボーナス告知がメインとなる台かつ、告知ランプと共に告知音も鳴り続けるために告知機能を無効にするためにはスピーカーも切ることになり常に無音となってしまうため、どうやらモーニングを実施していた店での開店時の朝一では電源オフの状態にしておいて、客が座ってから電源を入れていたみたいです。
モーニングがあるからこの店って7枚交換のくせにボッ〇クリ店だけど朝からそれなりに並んでいるんだよなぁ…と思いつつ煙草を2本ほど吸い終わった開店直前に、店の中から入口の電源の入っていない自動ドアを手でこじ開けつつ店員さんの登場。店員さんの指示で店の前にいた人たちが一斉に煙草を消したり読んでいた雑誌を小脇に抱えたりしつつ、何となくの順番で2列7人に整列し、計14人の朝一戦士たちが各々ソワソワしつつ身構え始めました。開店前のこの緊張感や高揚感は何とも言えないですね。あ、もちろんシャッフル抽選や整理券なんて気の利いたシステムはありません。
10時はまだかとチラチラ腕時計を見ていたら、店内からこの店お決まりの朝一BGM軍艦マーチが流れ出しての入場開始です。皆が皆ほぼ一斉に小走りで入場し、各々が朝一の狙い台を確保しました。私はニューパルサー(山佐)の角台に着席。朝一はこの台から攻めてみます。
財布から夏目漱石の1000円札を出撃させ…あ、1000円札が無い…。当時の台間サンドは99%の割合で1000円札しか使えませんでした。両替するかと下皿に煙草とライターを置き、台から離れて景品カウンター脇の両替機へと向かいます。財布から諭吉を出して両替機に投入、1000円札10枚に両替したのちその束を2つ折りにして左胸のポケットへと入れました。席に戻り煙草に火を点けておもむろに一服。灰皿はもちろん台の下皿の左側についているものを使います。当時の台はパチンコもパチスロも100%下皿の左側に灰皿が付いていました。
↑黒いのが灰皿
周りの様子を見ると、モーニングを獲得しそのまま打ち続ける人、モーニングが入っていない台をそのまま打ち続ける人、1台目でモーニングが取れずに2台目へ移動するために高速で打つ人など様々です。当時はモーニング台=低設定台というのはお約束(ただし店にもよる)でした。そのため、目先の5000円の持ちコインを取るべきか、それとも高設定の可能性があるかもしれないモーニングの入っていない台を打つべきかは打ち手の立ち回り次第でした。そして、この店では朝一のカニ歩き…1Gだけ打っては隣の台への移動を繰り返す行為…は禁止です。朝一に関しては1000円分のコインを使い切らないと台移動は出来ず、店員さんの監視もそれなりに厳しいです。そのためモーニングが入っていなかった台を最高速で打って1000円分のコインを使い切ってから次の台へと向かっていました。さらにモーニングの出玉だけの交換を阻止するために出玉交換、計数機の稼働は11時からでした。モーニング消化後にトイレや外で時間をつぶしたり、あまりにも長時間台を離れていると店員さんに恫喝注意されるので、台に座って打たずに過ごしても当然恫喝注意されるので、物凄いスローテンポで遊技したりなどを繰り返すなどの方法で、本気で目先の5000円が欲しい人は11時まで頑張っていたみたいですが…
さて私の台はどうかな…と胸ポケットから先ほど両替した1000円札をさっと1枚取り出して台間サンドに投入し、払い出し口に払い出された50枚のコインを右手に握りしめて下皿へ移します。直接下皿にコインが払い出されるノズルなんて、まだこの店のコインサンドには付いていません。当時のパチンコ店の設備なんて不親切なぐらいがちょうど良いのです。もちろんデータランプは①台番号が貼ってある②ボーナス中に光る③店員を呼ぶ機能しかありませんが、それに加えてこの店はパチスロ専門店だからなのか④当日のビッグボーナス回数⑤現在のゲーム数も表示されます。
ボッ〇クリ店ほど店の設備はそこそこスペックが良いんだよな…椅子も他の店より若干座り心地が良いし…なんて思いながらコイン投入口に1枚のコインを投入し、1枚掛けで左に7を狙うと…中段に7が停止。ニューパルサーは大量リーチ目が有名ですが、1枚掛けで中段に7かカエルが停止すればそれだけでビッグ確定、すなわちモーニングゲットでニッコリです。そのためカニ歩き可能な店では1枚掛けでカニ歩きしまくる姿も見られたみたいですね。何となくカエルで揃えたくなり7を外して次ゲームに中押しでカエルを中段に止め、カエルを中段に3匹揃えてビッグボーナススタート。リプレイ外しを駆使…するほどの力量は当時はありませんでしたが、朝一からビッグ1回分の出玉を確保することに成功しました。
しかし、この後はどうしよう…どうせ低設定だし打ち続けても飲まれるだけだろうな。とはいえコインを持っての台移動は禁止…当時は出玉を持って台移動ができる店は私の記憶の中では無かったと思います。ただしパチスロに関してはパチンコとは違い、私の記憶の中では非等価交換でも無制限でボーナス後もそのまま打ち続けることが出来て、途中交換は基本的に無かったと思います。この時期のさらに5年以上前の80年代後半の1号機全盛期は、逆に基本的にはビッグ終了後は1回交換だったようです。新宿歌舞伎町の某店のニューペガサスは90年代の終わりで等価1回交換だった記憶があります。そして新宿南口にあった某パチスロ専門店が私が知る唯一のラッキーナンバー制の店でした。ビッグ終了後に台上ランプに4桁7セグの数字のゾロ目が揃って回り、奇数のゾロ目なら無制限で偶数なら交換だったと思います。そしてあからさまに偶数の出現率が高かった記憶があります。
閑話休題、このまま打ち続けたらもしかしたらビッグの連チャンが始まるかも…なんて甘いことは起きず、当たり前のようにすべて飲まれてしまいました。時間はまだ11時前、投資はまだ1000円ですが…うん、店を変えよう。というわけでこの店から脱出して別の店へと移動することにしました。
このまま店を出て歩くこと1分、次の店へと到着しました。パチンコパチスロ併設店であるこの店には4号機の設置は無く、3号機のみ設置の6枚交換店です。そして、この時期の3号機ということで半数以上の台が裏モノでした。ただし、リセットモーニング…設定変更時にビッグボーナスが終了した状態となり、早いゲーム数での当たりが期待できる裏モノ御用達の朝一サービスが期待できる台は無く、朝一から打つ人は、ほとんど毎日同じ台しか打たないような常連さんが大半でした。
さて、どの台を打とうかな、とデータランプをポチポチ…したら店員さんが来てしまいます。そうです、この店のデータランプには①台番号が貼ってある②ボーナス中に光る③店員を呼ぶ機能しか無く、この台の現在のゲーム数もボーナス回数も判りません。データランプというより呼び出しランプです。まあ、これが当時の普通の台上ランプであり、当日どころか1週間前のボーナス回数やスランプグラフまで簡単に見れてしまう今のデータランプの進化には驚きますね。月並みですが吸い殻が結構たまっていて朝一からハマっていそうなこの3号機のリノ(ニイガタ電子)を打ってみることにします。
後編に続く






