今回の私が小学生だった頃の足利市の思い出は、1980年代の祭りに関しての思い出を語ろうと思います。

ヤングヤング大行進
1980年代のゴールデンウィーク…って私が小学生の頃には呼ばれていたかなぁ。4月29日:天皇誕生日、5月3日:憲法記念日そして5月5日:こどもの日と日曜日が絡んで振替休日があれば、学生は3連休にはなったりしていましたが、当時はそれをGWなんて呼んでいた記憶が無いような気がします。現在は祝日法によって祝日に挟まれた5月4日:国民の休日という名の祝日になり、2007年に4月29日:昭和の日へと名称が変更されたのと同時に5月4日:みどりの日という祝日になりました。ただし、この祝日法の導入は1986年からであり、1985年以前の日曜日または3日が日曜で振替休日の年以外の5月4日:平日で普通に学校で授業がありました。
そして1980年代の5月のこの時期の足利市と言えば、何といってもヤングヤング大行進でしょう。5月3日か5日のどちらか1日だけだったとは思いますが、旧50号を朝から夕方ぐらいまで歩行者天国にして盛大なパレードが繰り広げられました。今はどちらかと言えば渡良瀬川の南側が発展していますが、当時は渡良瀬川の北側の旧50号通りのアーケード商店街とキンカ堂前の通りが当時の足利のメインスポットと言っても過言では無かったと思います。
パレードの開始場所は全く記憶にありませんが、たぶん織姫神社の通りからだったと思います。そこから織姫会館、十字屋、ケンタッキー前のスクランブル交差点(そういえばここって今は普通の交差点みたいですが、当時は歩行者のみが青信号になって歩行者が縦横斜めに渡れるスクランブル交差点になっていて斜めの横断歩道があった記憶があります)を通り、通りアーケード商店街、伊勢町商店街、助戸3丁目の五差路を通って助戸3丁目商店街を通って鹿島神社の先の通りでパレードと歩行者天国が終了していた記憶があります。
まぁ当時小学生だった私の中の一番の記憶としては、何といっても歩行者天国だったアスファルト舗装の道路にチョークで落書きが出来たことです。パレードが来るまでの間ですが、普段は出来ない、やってはいけないことに対する背徳感を覚えながら道路の真ん中で大の字で寝転んだり、道路に大きくドラえもんや自分の名前や友達の名前や冷やかしの相合傘などを書きまくっていた記憶があります。
当時の私はパレードを好き好んで見たいとは思っていなかったため、パレード自体の記憶はあまり無かったりします。吹奏楽団の演奏やチアガールがボンボンを振りながら歩いていたり、八木節を踊っていたり、ランボルギーニカウンタックやランチャーストラトスなどのスーパーカーが凱旋したりしていた記憶は朧げながらあります。
そんなヤングヤング大行進も晩年は歩行者天国の区画が助戸3丁目の五差路まで、あずま地下道の通りまで、JR足利駅の通りまでとだんだんと縮小されていった気がします。そして、1990年始めの頃の私はヤングヤング大行進の日にはカーニバルでゲームに興じていたはずですが、カーニバルの前の通りは歩行者天国でパレードが通過したはずですがその時の記憶が全くありません。それよりもストⅡダッシュに夢中だったと思います。
最後に、ヤングヤング大行進の歩行者天国で営業していたテキ屋の型抜きで当時の私の射幸心が煽られた結果として今のパチンカスの私がある…そう思っています。

足利花火大会
8月の第1週の土曜日と言えば、当時も今も変わらずの足利花火大会の開催です。まず当時の思い出と言えば、開催前の夏休み前の小学校の図工の時間に足利花火大会のポスター募集の絵を描かされたことです。まぁ当時は別に絵を描くこと自体は嫌いでは無かったので構わなかったのですが、子供の描く打ち上げ花火って色や大きさなどにすごく性格が出てたような気がします。
当時の花火大会の当日は、家の近所の広くて見晴らしの良い駐車場から遠くで打ち上がる花火を近所の人と見てはいましたが、もっと近くで見たいし仕掛け花火とナイヤガラ花火も見てみたいなぁと思い、とある年に現地へ赴きました。車で行くのは愚の骨頂、自転車も途中に止める場所も無く、降りて押すことになるとかえって邪魔なので徒歩で向かいました。渡良瀬川の土手沿いを歩いていき、そして現地へ近づくほどにどんどん増えていく人、人、人。そしてキンカ堂の南側の渡良瀬川の土手沿いの通りには、子供には身動きが取れなくなるほどの人の群れで溢れかえっていました。何とか仕掛け花火を肉眼で見ることができる場所を確保し、それなりに間近で打ち上がる花火や仕掛け花火や最後のナイヤガラ花火に感動しながら、来て良かったなぁ…としみじみ思いました、帰りの道程までは。
そういえば、小学生時代の運動会の時に八木節を踊らされましたが、それと一緒に「足利の花火大会」という歌と共に盆踊りをした記憶があります。女性の演歌調でおっとりとした曲調で「ドドンがドン、ドドンがドン」というフレーズが凄く記憶に残っているのですが、まったく検索に引っ掛かりません。記憶違いかなぁ…
そしてあまりの混雑でへとへとになった結果、花火は近所の駐車場で遠目で見ればいいやとなりましたとさ。

足利鎧武者行列
毎年2月3日の節分の日ぐらいに織姫公民館から鑁阿寺まで鎧を着た武者が練り歩く100年以上続く伝統的な祭りとのことですが、私の記憶の中に一応うっすらと朧げに見た記憶はあります。ただし、1991年ぐらいにNHKで大河ドラマの「太平記」が放送されていたときのブームに乗っかって、大々的にこの祭りが告知されたときに見に行ったような気がしますので、正確には1980年代ではないと思います。
そして祭りの感想としては「鎧を着た人がいっぱい歩いているなぁ」ぐらいの、にわかな感想しか持ち合わせていません。あくまでも個人の当時の感想です。そのためこれ以上は特に記すことはありません。

恵比寿講
毎年11月20日ぐらいに足利西宮神社で開催される祭りです。小学生だった当時の私は、周りの大人がこの祭りのことを呼ぶときに「エビスコ」と聞こえていたため、「エビスコって何だろう?」ぐらいにしか思っていませんでした。恵比寿様が由来の商売繁盛や開運祈願の祭りで、そういえばたぶん恵比寿講で買ったであろうそんな飾り物が家にあった気がしますが当時の私がこの祭りに行った記憶が無いために、得にここには何も記せません。
そんな私がなぜこの祭りに関しての記憶があるのか、それは当時の悪い友達が「恵比寿講の次の日の早朝にこの場所へ行くと、お金や財布がいっぱい落ちていて…」などと口走っていたからです。
最後に
もう一度言いますが、あくまで私の当時の記憶からの抜粋ですので、勘違いや記憶違いがかなりあると思います。また当時の私が知らないだけで、他にも当時の足利市で開催されていた祭りがあったとは思いますが、私が知らないものはここに記せませんのでご容赦ください。
そういえば、生まれて初めての歩行者天国は上記の足利市でのヤングヤング大行進でしたが、その次に訪れた歩行者天国は秋葉原でした。思わず道路にチョークで落書きをしたくなった気がします。
以上