「死ね」

たぶん俺が知っている中で一番嫌いな言葉

聞き間違いであって欲しかった

ずっと溜まっていたイライラが爆発したんだと思う

一瞬空気が凍りついた

前前から話しには聞いていたし

それまでもいろいろあったからわかってはいた

でも実際に聞くのと見るのでは天と地の差と言うのはこういうことかと思った

そのとき心底

何でこんな奴のしたで働いているんだろう?

そして人間のクズだと

正直思った

でも休憩もろくに取れていなく

立て続けの入れ忘れ

そして全ての責任を負わなければならない任務

上からの重圧

これは自分には到底出来る事ではないので、その辛さは俺には到底わからない

けれどその

「死ね」

に込められた意味

誰に対してのものなのか

はたまた自分に対するものなのか

それともお客様に対すものか

もしくは誰に対してでもなく、ただやり切れないイライラに込められた言葉か

たぶん後者の後者な気がする

けれど一責任者

それがそんな言葉を発して周りの人達は100%いい気分にはならないだろう

むしろ逆ではないか

もしその言葉が誰かに対するもの

もしくは自分に対するものであったら確実にブチ切れていたと思う

俺の中で

「死ぬ」

と言う言葉は決して使ってはいけない言葉だと勝手に思い込んでいるので

それが大の大人の口から出たのが信じられなかった

しかもその言葉がふざけてではなく完全に本気の言葉だったため、どうしても受け止められることが出来なかった

「死ね」って言う奴が「死ね」って本気で思っている

そんなにもイライラして
そんな言葉が出るくらいなら
仕事を辞めてしまえば良いのにと思った

しばらくの間は目を合わせて話したくない

むしろ出来ないと思った

まぁこんな事をたらたら書いても意味もないけど、少し書き残して置きたかった

いつかこいつを使ってあいつを...

まぁ冗談だけど



昨日思ったこと

何が変わるだろう?

世界的に見ても正直
蟻一匹潰してしまうのと変わらないだろう

日本からして見たって
死に方によってはニュースくらいにはなるかな?
知らない人にとっては「可哀相」とか「馬鹿だなぁ」くらいの一言は頂けるかもしれないけど
所詮そんなもん
日本の人口1人減るくらい

じゃあ東京から見たら?
ほとんど変わらないだろうね

驚くとしたらほんの僅かの友人
はたして悲しんでくれる友人はいるだろうか?
どちらかと言うと笑う友人と喜ぶ友人の方が多いかもしれないね

でも親は、きっと悲しんでくれる

きっとだけど

もし、明日俺が死んだら
死んだとしてもそんなもん

この大学に入学して早1年半以上過ぎた。

センター利用で何となく受けたら受かったこの大学。

本当は行きたい大学、やりたい事もぼんやりとあった。

でも毎朝、自宅で待って、待って、来たのはこの大学ともう一つの滑り止めで受けた大学、だけ。

最後の日、バイクの音が聞こえ直ぐさま駆け降りたが、ポストに入っていたのはいつものマンション広告。

その日、夜は泣いた、泣いた。
悔しくて、たくさんのお世話になった人達に申し訳なくなって。

だけど、それからもう1年半も経った。

この環境にも慣れすぎた。
いまだに失敗したと思う事もあるけど、楽しい事もたくさんあって、この大学に通えて良かったと思う。



そんな事思い出し、思ったのは、今日のさっき、合格通知が来たからだ。
第一希望の合格通知だ。

嬉しかった、心から本当に本当におめでとう。