ゆけこのブログ

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災害ボランティア養成講座いってきたー

講師は、秋田ボランティア協会会長 菅原雄一郎氏

主催は 能代市社会福祉協議会・能代市



んまーなんというか・・・

人いすぎだろwwwww


講師の菅原さんは主催から「たぶん15人くらいだお^^」って言われたみたいだけど、実際参加したのはおそらく・・・ワタシの感覚だと・・・約50~60人じゃないかなー??

用意してた資料がまったく足りなくて職員焦ってコピーしまくってたww

そして意外と若い人も多かったような気がする。


講座の内容というか、菅原さんが口すっぱくしていってたのが

「自分でやりたいと思ったらやればいい。災害時に行政の指示を待ってたら何もできない」
「ボランティア団体で被災地のローラー作戦をして、細かな部分の情報収集をしっかり行う」

コレ。


いざ災害が起きたときに、今回の震災の行政の対応をみていてもわかったと思うけど、物資や燃料などを分配する際に「公平性」を求めていたら何もできない。
「自分たちが必要だからやる」
ボランティアは結局のところ「個人」である、と。


被災地の行政機関は、わけわからん人たちがたくさん被災地に入ってきて「かきまわされたくない」から要請をしない。
だから、まずは「自分で行ってみること」


この菅原さんは、地震の翌日の12日に青森経由で岩手のほうにいってきたそうです。

個人で。

そして自分で見て聞いて感じてきたことをもとにして、その後の活動につなげているとか。

この人は阪神淡路大震災や中越沖地震のときもボランティアで現地にいっているそうだ。


ただ、個人でいってフラフラしてたら、気がたってる人たちに角材で殴られた人もいたとか(;・∀・)

だから本来ならば一人でいくんじゃなくて、団体に混ざっていくのが安全。

フットワークが軽い団体ならいざ知らず、社会福祉協議会だの市役所だのに
「ボランティアで参加したいんですが、混ざっていける団体があれば混ぜてください」といったところで、遅い。

「自分が【動かすんだ】という気でなければダメ」


震災時には、「どこで」「何が」起きているのが瞬時にわからないことが多いので、まず情報を得るために個人だろうが何だろうが現地に行くこと。

もちろん強制ではなくて、行きたいなら行けばいいってこと。


しかしボランティア活動のために現地にいったとしても、全ての行動は
自己責任である。

寝袋持っていって野宿だの、食べ物も自分の分は自分で確保していく。

その上で、避難所とかで「何かできることはないか」と確認して、その指示があればその通りに動く。
「○日間居れます」とかもしっかり伝える。

そして被災者の方々は、単なる個人のボランティアには無理なことはいわないそうだ。
だが。
要望に対してできないことの場合「こんなことくらいもしてもらえないのか」という言い方をされることもあるそうだ。

こんな時に大事なのが、カスタマーサティスファクション。
これやったな~リーダー研修でww

要は「相手の気持ちになって」行動・発言するということ。

たとえば、2人でペアになって、車いすを押す人と乗る人にわかれるとする。
その時、押す人には目隠しをしてもらい、乗る人の言葉だけで進む。

実際今日はこれを参加者の中から選んでやってもらったんだけど、乗ってる人は指示を出すときに「右に少し」とか「ちょっと左に曲がって」とかいっていた。

この「ちょっと」だの「少し」だの「いっぱい」だのは、人によって感覚が違うからあてにならない。

確実に意思の疎通をさせるために、日ごろから正確な物言いを心がけることで、有事の際にも大変役にたつとのことだった。

「お互いの気持ちがズレない」ことが大切なんだそうな。

そして、被災者の中にはもちろんなんらかの障害を持った人たちもたくさんいる。
しかし、過去の震災の時のヒアリングでは、視覚障害を持った人と聴覚障害を持った人たちの意見として、「手に入れられる情報がかなり少ない」とあった。

手話ができる人が避難所にいない、ラジオや広報カーでは全くわからない。
あるいは、避難所の安否情報など貼っていても見えないからわからない。

被災地での標準マニュアルとして、このような障害を持った人でもわけへだてなく情報が手に入るものを作成しなければならない、とのことだった。

車いすの人なんかも、避難所はバリアフリーではないために段差がとても大変だ、といっていたそうな。



なんだかまとまりがなくなったけど、今日の備忘録として書いてみた。


結局はボランティアに求められることっていうのは「細部の情報収集」なんだなーって思った。
人海戦術ではないけど自由に行政が動けないなら個人ボランティアが動けばいいんだ。


今回の講座きいただけで何がわかったわけではないけども、とりあえず「行動」はしていいんだってわかっただけでもよかった。

そして、ボランティアは何も被災地にいくだけがボランティアじゃなくて、被災地から逃れてきた人たちのお世話をしたりっていうのもある。

活動の幅に限界も制限もないなーって思った。


講演後にちょいちょい主催に話をきいて、あとでサンピノに災害ボランティア登録しにいってくることにした。

団体でいきたいとかなら、4月とか5月に広報とかに募集が載ったりするみたい。

もちろん、生活に支障がない程度で、休日使っていくとか、自分でできる範囲でしかみんな動けないけどね。

いやーそれにしても有意義だった。

手話とかもね~覚えたら役にたつだろな~~~・・・。

いつか、だな(;´∀`)

決まったー!

やっと・・・!


やっと・・・・・・・・・・・・・・!!


仕事決まったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!^q^


まあ、キニナルのは、求人票にはかいてなかった期限があったこと(;・∀・)

「最長3年」だそうで。

決まった仕事というのが、JAあきたしらかみの研究センター(?)での
「栽培実証員」という仕事。


・・・・・・面接の時に「どういう仕事内容ですか」って聞くの忘れたw

まあ、米袋かついだりっていうのはないみたいだったけど、土いじったり
するんだろうな~。

条件に「トラクター運転できる人」って書いてたくらいだしwww


そんで、面接官いわく、「農業の後継者や独立したい人を育てる」という
意識で雇用するみたい。

農業なのに、JAだからなのか一応休日は土日祝ってかいてた。
まあホントかどうかわからないけどそれはワタシにはあまり関係ないからいいや。


やっぱ大潟村での経験と、あとは自分の農業に対する気持ちだとか展望が
伝わったのかな~と思うとちょっとうれしい^^

来月1日から働きます!!!!!


土まみれで汗かいて・・・・・・

痩せるといいんだけど( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \

・・・なんせ大潟村にいたときも思ったほどやせなかったしね。

夏はさすがに痩せたけど。
食欲なかったから(;´∀`)

今回はどうだろうな~~。


職場も家から下り方面(上り方面は一応橋を越えた能代の中心地方面ね)だから少しは楽かな??


しかし失業手当の残りが少ないため、再就職手当てはもらえず・・・orz
残念(;´Д`)

まーこの期間限定の中で農業に関して色々吸収してくっぞー!!!!



声援団 メッセージ



こないだのやつよりも、参加が増えてるメッセージ動画です。

こないだいなかった、勝平とか森久保さんとか三石さんとか森川さんとか
パクロミさんとか斎賀さんとかのが増えてます。

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