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ゆきおのブログ

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あるお給料日に社長から電話があり、
振込が遅れるとのこと。
そんなお給料日が何回か続き、減額になり、
減額+手渡しになり…
会社に社員が集められて、
みんな何も知らない中、
「お前は知ってるんだろ?」
「こっちは家のローン抱えてるんだ!」と
罵声飛び交って社員同士で喧嘩。
そーゆー時、大声出して「やめて!」って
言いたいけど、
言葉が出ず涙にしかならない私。
資金集めで奮闘してる経理のおじさん(のちの社長)が汗だくで帰社するも
「具合悪い」と言って、
私は泣きながらその場から帰りました。
そのおじさんは、会社創立時のメンバーで社長ともお友達だったから、尻拭いしてる姿が少し切なかった…

その後、経理のおじさんに話を聞くと
「小切手に裏書きして最終保証人になって
    不渡り出した」と。
そして「社長もつかまらない」と。
???
全く意味不明だったけど、
社長が居ないのは置いといて、
調べたさ、それなりに。
取引先との信用で結ばれたもの、
仕方なしの裏書きだったと思ってた。
その時は。

私に支払われるはずだった未払い分のお給料は3ヶ月分で計15万ほどだったかなー
諸々の手当て分が払われてなかった気がり
まー、あまり覚えてないけど。
100万とかの人もいたな。
社員で裁判起こしたけど、
しばらくして戻ってきたのは、確か私は4万くらい。
すぐ無くなっちゃった(笑)

一番印象に残ってるのは、
やっぱり初めての社会人かな。
いくつも応募して落ちてを繰り返したのち、
やっと採用された小さな会社。
マリン事業部もあって、
色んなことを手広くやってる会社…というか、
趣味が高じたオジサマ達が作った会社なだけだったけど。
船を持ってたので海に連れてってくれたり、
ジェットスキーも乗らせてくれたわ…
バブルを思いっきり引きずってたみたいね。
最初の頃は良かったな。

仕事はユーザーサポートへの出向でした。
学校でMacを少し触っただけ、
PCなんてまっっったくわからなかったのに。

最初は暇だったけど、
秋の終わり頃から地獄がやってきて。
とんでもない数の問い合わせで、
すんごく大変だった。
過労で先輩は会社で倒れちゃうし。
それもドラマのように美しいフワッとした
倒れ方だった(笑)

個人ユーザーにPCが普及するということは、
問い合わせは老若男女様々で。
お客様の質もクレームも様々。
ネットが繋がらなくて苛立ってるお客様に
「死ね!」と言われ。
気持ちはわかるけどさー、
若干ハタチの私は初めて会社で泣きました。
バカだの、ふざけんなだの、
お客様からの数々の暴言には慣れてたけど、
死ねなんて…
しかもその人、お医者さん!
人格疑うわー

人間関係が本当に良くてすごく楽しくて、
やりがいもあったからしばらく続けてたけど、
そこからがまぁ色々あって。
子供の頃、同居してた祖父はお酒が大好きで。
初孫だし優しかったと思うんだけど、
あまりその記憶がなくて…
小学校の時に亡くなったけれど、
仏壇に上がってるお酒飲んじゃったり、
たまに幻覚見えちゃったり、
アル中だったのかな…
転んで怪我して血だらけだったり、
階段から落ちて扉に突っ込んじゃったり。

商売をやってたので、
会合でお酒飲んで父が迎えに行って…
父に抱えられる祖父を見て、
いつも怖くて泣いてました。
もちろん普通の時もあったけど、
いつどうなるかわからないから、
子供ながらに祖父を監視してた気がする。
たぶん母に言われたのかもしれない。
「おじいちゃん見てて」と。
人間観察癖は、その頃に身についたのかなぁ。

血は争えず父も酒好き、嫁に来た母も強い。
そんな3人の遺伝子を
私は確実に引き継いでるので、
私も飲めないわけがないですわ(笑)

でもお酒での失敗はないな、たぶん。
飲み過ぎで男女のどーのこーのはあったけど、
それは失敗ではない…かな(汗)
まぁ、私以上に、
周りの人たちがグダグダだったから、
私自身は潰れることはなかった。
今はもう外では飲めなくなっちゃったなぁ。
帰るのが疲れるから。
家飲みではたまーに、
キッチンマットに足を引っ掛けて
転びそうになります。