20年前になるが、学会のためにサンフランシスコに滞在した。ホテルの近くにサンフランシスコ禅センターがあることがわかり、せっかくなので行ってみた。学会は次の日からだった。ホテルから歩いてすぐだった。禅寺、のようなところではなく、通りから坂道に入るところに立っている、レンガ造りの落ち着いた建物だった。

(写真wikipediaから)

 ここで、ラムダスやスティーブジョブスが坐禅をしたのだった。サンフランシスコに行って、坐禅なんて、うちの職場から大量にサンフランシスコにその学会に参加に行った中で僕だけだった。職場のある人にその話をしたら、”あんたは面白いね”と言われた。

 

  サンフランシスコに行ったら、禅センターでしょう、というのが僕の常識だった。高校3年のとき、ラムダスの”覚醒への旅”を読んで、この禅センターの存在を知っていた。どんなところかなという興味がずっとあった。その禅センターが目と鼻の先にある。行くしかない。

 

 

 

  さて、僕は上のwikipediaの写真の建物に、昼下がり歩いて辿り着き、植え込みに水をやっていた一人の男の人にたどたどしい英語で話しかけた。

 

 "こんにちわ。日本から来たのですが、坐禅をしたいのです”

 

すると、その男の人のはじけたようなウェルカムが炸裂し、さあどうどどうぞ、と名をなのり、中に案内してくれて、いろいろ話をし、人を紹介してくれて、オフィスにいた女性ともたくさん話をし、”ラムダスの本でここを知ったのです”というと、その女性はにこやかに、”ラムダスはわれわれと同じ考えを持っているわ”と言った。

 

  というわけで、学会滞在中、時間があれば、サンフランシスコ禅センターに通い、坐禅した。

 

  朝の早く、暗いうちからたくさんのアメリカ人が経をよみ、坐禅した。ここは曹洞宗なので、2回の坐禅の間の経行はゆっくり歩いた。熱心な人は剃髪してあり、雲水のようないでたちであった。女性もたくさん来ていたが、みなすらりと美しい輝く瞳と笑顔の人たちだった。禅堂は美しく木造だった。

 

  坐禅のあと、たしか朝食のふるまいがあったように思える。サロン的で、会話しながらの食事で、みなほがらかにかかわっていた(ちょっと禅の食事と違う。しかしまたそこがいい。)。そのあとみんなで皿洗いをした。上のwikipediaの写真を見ると、本当になつかしい。あんなに歓迎されると思ってなかった。

 

 このなつかしがりの文を書きながら

 

 古珠和尚との会話

  -----宗教とは何ですか?

  -----坐禅をして心が穏やかになった人のあつまりです

 

を思い出した。本当にそうだ。

 

  ジョブズはここで坐禅して、おだやかな心からマックを開発し、ラムダスは”ビーヒアナウ”を著した。人を豊かにし、幸せにする源泉がここにもある。とてもすばらしい。サンフランシスコ禅センターだった。