シャクヤクがいっぱいの石光寺にお参りしました
前回のブログで、5月17日にツツジが満開の葛城山に行ったことをお話しました。
下山し3人でランチした後、おぎちゃんは帰宅。
その後、光枝さんと2人で奈良県葛城市の石光寺にお参りしました。
奈良時代に中将姫が蓮(ハス)の糸で曼荼羅(まんだら)を織り上げたという伝説があり、その曼荼羅は近くの當麻寺(当麻寺)に残されています。
その蓮の糸をこの石光寺の井戸で洗い、五色に染め、桜の樹にかけて乾かしたと言われています。
その井戸の横に中将姫の像が建てられています。
↓ 手前の竹垣で囲われたところが井戸で、「染の井」と呼ばれています。
糸をかけて乾かした桜の樹は「糸掛桜(いとかけざくら)」と呼ばれ、ガラスケースに覆われて保存されています。
そのようないわれから石光寺は「染寺」とも呼ばれ、この辺りから二上山の頂までを「染野(しめ)」というそうです。
山門を入ったところに「想観の沙(そうかんのすな)」があります。
手前が方形、後方が円形になっています。方形は私達の姿・世界を表し、円形は覚りの世界・仏を表しているそうです。
石光寺では5月20日まで「弥勒如来石仏(みろくにょらいせきぶつ)」が特別公開されており、ちょうど拝観することができました。
この石仏は1991年の調査で発掘されたもので、日本最古の石仏と言われています。頭部、胴体、手などがばらばらの状態ですが、つなぎ合わせると高さ2mほどの大きな石仏だっただろうと推測されます。
その貴重な仏様を見ることができました。お顔は素朴な感じで、かわいらしささえ感じられました。
お堂を取り囲むお庭には、満開の芍薬(シャクヤク)が咲き誇っています。
山門はこぢんまりしているのに境内は思いの外広く、お庭を奥へ奥へ歩いてもずっと芍薬が続きます。
いろんな種類があり形も色も様々で、見飽きることがありません。
私は「花の女王」というとバラを思い浮かべますが、昔の日本人は美人を「立てば芍薬(シャクヤク)座れば牡丹(ボタン)歩く姿は百合(ユリ)の花」と表現しました。シャクヤクもボタンもユリも花が大ぶりで、目を惹くあでやかさがあります。
華やかなものが少ない時代、シャクヤクやボタン、ユリなどの美しさは人々の心を捉えたのでしょうね
石光寺はシャクヤクだけでなく、四季を通していろいろな花が見られるお寺で、「関西花の寺霊場二十五ヶ所」の一つです。
石光寺の境内には、歌碑もたくさん建てられています。
中将姫伝説を題材に書かれた「死者の書」の作者・釈超空(しゃくちょうくう・折口信夫)の歌碑もあります。
「牡丹のつぼみ色たち来る染井寺にはもそともゝただみどりなる」
与謝野鉄幹・晶子のそれぞれの歌碑もあります。
「初春や当麻の寺へ文かけば奈良の都に住むここちする 与謝野晶子」
与謝野鉄幹が作詞した「時雨」の歌碑は、裏面に音譜が書かれています。
「時雨ふる日はおもいいづ 当麻の寺の染寺に ひともと枯れし柳の木 京の禁裡の広前に ぬれて踏みける銀杏の葉」(本居長世 作曲)
他にも花の間に多くの歌碑が建てられています。
ご朱印の種類も多く、私は4種類いただきました。
この時期限定の見開きのご朱印 ↓
↓ 左はシャクヤクの時期限定、右は石光寺が天智天皇勅願の寺だったのでそれにちなんだご朱印です。
↓ 「関西花の寺霊場二十五ヶ所」のご朱印。専用のご朱印帳に貼りました。
『「花の寺二十五ヶ所」専用のご朱印帳を買ったということは、二十五ヶ所回るんか!?』と、今、自分に問いかけているところです(笑)
この日、午前中は葛城山で満開のツツジを堪能し、午後は石光寺でシャクヤクを眺め、なんと贅沢な1日だったことでしょう。心が120%潤いました