シューアイス・ツヴァイの帰還 -2618ページ目

泉の広場を上がってすぐの吉野家は、私たちにとってギルガメッシュの酒場みたいなものだった

1999年の7月の末だったと思う

まだノストラダムスさんが、ネタとして賞味期限内から消費期限ギリギリにかわる、夏のある日

私は大学生活で最初の長期休暇、バイトの合間に梅田のまんだらけという店に逝ってみることにした

まんだらけは、漫画の古書やアニメグッズを大量に取り扱っているお店

当時からヲタクだった私にとって、大阪の梅田にあるまんだらけは聖地みたいな存在だった

今は、アメリカ村のビルに移転したなんば店が出来る前で、コインロッカーに手荷物を入れさせて万引きを防いでいた時代だ

当時、京都から梅田まで電車で移動し、ダンジョンと呼ばれる地下街にある泉の広場という場所から階段で地上に出て、商店街の中にある店舗までいくのが迷わないルートとして、自分の中で確立していた

お金なんかたいしてもっていないから、月に2回も逝ければいい方で、あの暑い日はバイト代が多めに入り浮かれていたのを覚えている

その泉の広場から階段を上がった所に吉野家があり、それなりに利用していた

あいつに初めて会ったのは牛丼特盛に玉子を2個溶いて投入していたら、3つ隣の席から声をかけられた時

「なあ、じぶんまんだらけによーいっとるよな?」(ねえ、君、よくまんだらけに行っているよね?)

華奢な身体で黒ぶちの眼鏡、長髪で服には気をつかっていない、まあステレオタイプなヲタクファッションの男だった


人様のファッションに口出しするほどオサレに詳しいわけじゃなかったけど、なんというか一般人が思い浮かべるヲタクそのものの格好だった

適当に話していると共通の大好きな作品があることがわかって20分ぐらい盛り上がった

その日はそれだけ、私はまんだらけへそいつは帰るって言って吉野家の前で別れた

それ以来、待ち合わせをするわけでもないのによく会った

目的地が共通なんだから珍しくないかもしれないけど、月2回の不規則なまんだらけに逝く日、吉野家で必ず出会った

私はあいつの名前、住所、電話番号・・・なにひとつ知らないしむこうも同じだ

ただ、牛丼屋で会って20分ほど話してばいばい、一緒に遊ぶわけでも買い物をするわけでもなかった

それが4年近く続いた

就職して最初の仕事の試用期間に病気に罹り、療養中には出掛けられず、病気が治って今の会社に就職したあとは、遊び場所は日本橋になっていた

なんせ会社が近いし、大阪のヲタ系ショップが日本橋に集中しだしたからだ

あいつにはそれ以来会っていない

別にそれでもいいと思っている

私たちヲタクにはよくあることだし、お互いに萌える作品も似たようなものだったのだから、ヲタクである限りあいつとは、どっかでつながっていると勝手に思っている

ここで終わりなら、綺麗に青い春の思い出なんだけど、昨日、久し振りに梅田まで逝って久し振りに牛丼を食べ
ていたら親子が入ってきた

オサレな服を着て、可愛らしい双子らしき子供を連れて、でも黒ぶち眼鏡だった

ようって言ったら、ようって返してきたので20分くらい話した

お互いの家族のことを話したり、子供を紹介してもらったり、冨樫の連載再開についてだった

店を出てから気がついた

お互いの家族の名前は教えたのに、メアドも交換せず名前も知らない

ま、それでもいい

あいつも私も元気で家族がいて、そしてヲタクのままだった

それで十分じゃないかと思う

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