突然の報告ですみません。
令和5年7月17日 海の日
ラブは亡くなりました。
この1ヶ月、ラブが亡くなったことを否認したりと受容したり、繰り返しながら過ごしています。
令和2年5月に悪性リンパ腫と診断された、あの時がラブの寿命だとすると、あれから3年、医学の進歩により延ばして頂いた命。
3年の猶予を頂きました。
看取った日は、その日やれることはやったと思っていた。でも、1日1日経って、日に日に押し寄せる様々な感情がありますね。
亡くなる日の朝、8:30にラブを家から庭に出した。その時は違和感なかったけど、その後、朝ごはんをあげると食べない…そして、数分後にはうずくまってしまった。
目がうつろ、口の中が異常に乾いていて、舌の色が悪い、呼吸が速い。循環不全?という状態。
どうみても普通ではなく、「今日亡くなるのでは」と直感した。
身体は熱くない、むしろ冷たいような。異常に口が乾いている。
熱中症ではなさそうだけど、この口の乾きは脱水?さっきまでクーラーの部屋にいたけど。
などなど、頭の中はぐちゃぐちゃ。
延命治療はしないと考えていたが、熱中症で亡くなるのは可哀想だ、素人判断も良くないなと思って受診を決めた。
抗癌剤をやってもらった動物病院まではもちそうにない、近くの動物病院を受診した。
幸い祝日で人手もあり、私が受診に連れて行けた。
診断は、心タンポナーデ。
心嚢水を抜いてもらった。口の中の色が戻ってきて、立ち上がる力も戻ったようだった。。
でも、また水は溜まってくるので根本的な治療にはなっていないとのこと。触診しても、リンパの腫れはないけれど、もしかすると心臓の周りで癌が悪さをしてる可能性があるとのことだった。
また同じ症状に2、3日でなることもあるし、いつまた水が溜まるかは分からないとのことだった。
家に帰って、車からはラブは自分で降りれた。水を飲んで、家に入った。
できるだけ安静に過ごせるように子どもたちは近くに行かないようにした。
しかし、見に行く度に、「良くなってないな、」
と思った。
13時頃、もう朝と同じような状態だった。
私は子供を見なければならなかったが、母がラブに付きそった。私も様子を見に行った。
自力で身体を動かせない様子。マットから落ちた足を直す力もないようだった。
1分、1分、悪くなって言っているのがわかった。
「もう、今日はもたない」そう感じた。
もう延命治療はしない、ここで穏やかに、できるだけ安楽に過ごせるように。
それが今、できる事だと思った。
もう自力で動けるようにはみえない、30分ももたないのでは、そう感じていた。
身体をより良い体勢にしてあげたい、身体をさすってあげたいと思ったけど、ラブの腹部で何が起こっているのか分からず、心臓で何か起こっているのならあまり無理に触るのもと思いあまり触れず、顔の周りを撫でるしか出来なかった。
ほとんど動かなかったが、痛みを感じてるようにはみえなかった。
14時頃、私の弟も来て看病してくれた。
すると、ぐたっとしてたラブが起き上がり水をガブガブ飲んだ。
「喉が渇いてたんだ」と言うように、飲み終わったら満足そうだった。
15時すぎに弟が帰った、母もすこしだけと離れた。
多分感覚としてはみんなが離れて10分くらい?
なんか物音がするなと思って、私が見に行くともう下顎呼吸だった。
私は「ありがとう、ラブ」と小さく伝えた。
みんなが居なくなって、静かになって、
それで息を引き取った。
何となくだけど、
静かになって、やっと死ねたのかもしれない。
私の人生で、犬猫を看取ったのはラブが4匹目。
今回、気づいたことがあります。
私が18歳の頃に看取った犬はぺぺ(メス)という雑種の中型犬。この子は最期、「近くにいて欲しい」というメッセージがありました。亡くなる1週間前から、外飼いだったのに家に入りたがるようになり、亡くなる当日は朝からキュンキュン言って、近くにいてと言っていました。
私が22歳の時に看取った猫はリュウ(オス)という雑種の猫。この子は最期、「ほっといて欲しい、1人にして欲しい」というメッセージがありました。
そのため、出来るだけ見に行かないようにしていました。
その頃は、犬と猫の違いかなぁと感じていました。
去年看取った猫のマル(メス)は、「死ぬのが怖い、不安、そばにいて欲しい」というメッセージがありました。猫は1人で死にたいものと思っていたので、1つの部屋を与えましたが、私たちのいるリビングにわざわざ戻ってきて、ゴロゴロゴロゴロ言っていました。
そして、今回のラブはと言うと、
「ほっといてほしい、あっちにいってて」っというメッセージでした。
最期に水を飲んだのも、飲みたかったのもあるかもしれないけど、「大丈夫だからみんなどっかいって」と言うようなメッセージがあったように思えて仕方ありません。💦
4匹しか看取ってないから大きなことは言えないけど、
でも、違う、明らかに違う。
「寄り添って欲しい」と言う犬猫もいる、そして「ほっといて欲しい」と言う犬猫もいる
ラブの最期の1日、私はもっともっとそばにいたかった、でも行くたびに「あっちいって」というような感じでした。なので、長居しないようにあまり介入しないように、私の体は自然と距離をとっていました。
不思議ですが、そうだったんです。
犬だからとか、猫だからの違いでは無く。それぞれ違うということです。
もしかすると、性差があるかもしれませんが、ハッキリしたことはわかりません。
亡くなって1ヶ月以上経ちました。
家の中、お庭、散歩道、たくさんたくさんラブの姿が残っています。
その度に胸が苦しくなるけど、
時間はかかるけど、受け入れて、
一緒に過ごせた時間を宝物にして、これからも生きていきたいです。
今までありがとうございました。
このブログに救われてきました、ブログは心の整理になりますね。
お付き合い頂き、本当にありがとうございました。
皆様の幸せを祈っています。
ラブ、
たくさんの思い出、本当にありがとう。
どうか安らかに。



