今日で全てが滞りなく終了しました。
やっと、一息つけたかなぁという感じですね。。
昨日からお葬式のことばかり書いていて
申し訳ないのですが(><;)
あと少し、お付き合い下さいませ。。
お葬式の儀式自体はお経聞くのが一番ですよね。
それ自体は普通に座っていられたんですけど、
お焼香を終えて、いざ出棺となると
やはりまた涙が零れてきました。
会葬者の方々を見送る立場のはずの私でしたが
ぐしゃぐしゃの顔で会釈していました。
そして焼き場で最後のお別れをしました。
もうそこでは声を上げて泣いてしまいました。
父方の祖父の時は保育園生だったし
私はおじいちゃんっこだったので
三日ほど泣き通しだったのを覚えています。
今回は大学生になっているし
そんなに泣くこともないだろうとは思っていたのですが
甘かったですね、自分。
今日はじいちゃんが中で熱いって言っていないかなと
母と煙突を見ていました。
御骨あげもさせていただきました。
決して体格の良い人ではありませんでしたが
あんな小さな骨壺に収まってしまったことに
すごく驚きました。
「身内に骨を拾わせるのは諦めさせるためだ」
村山由佳さんの星々の船のなかで
このような表現があったのを覚えているのですが
完全に納得。。というわけではありませんでしたが
なんだかその言葉の意味が少し理解できたように思います。
諸々の後片付けも終わり(といっても私はすることがなく
テレビ見ながらうたた寝してしまっていたのですが)
先程まで子供夫婦と孫全員で
ずっと話をしてきたのでありますが
10歳以上年上のいとこたちと久々に再会しました。
こんな形で会うことになるとは思ってもいなかったんですけど。。
思い出話に花が咲き、
仏前でたくさんのお話をしました。
少しでも聞こえていたらいいな。
すると、叔父さんのしゃべり方の癖が
じいちゃんにそっくりなことに気付いて
笑いが漏れました。
そんなことすら懐かしく思われます。
この3日間、私はたくさんのことを感じました。
死ぬこと、生きること。
この二つは違うようであって同じ、表裏一体なんですよね。
合唱の指揮者の先生がよくおっしゃる二元性一元論。
まさにこれだなぁと実感しました。
今日もお坊さんの話を聞いていたら
やはり言われました。
生きていることはすばらしいこと。
そう考えたら、見るもの、聞こえるもの、いただくもの
全てがうれしいこと。
本当にそうだと思いました。
何気なく過ごす日常のなかに
大切なものはたくさん溢れているんですよね。
それらの存在が当たり前になりすぎて
気付かずにいるだけです。
そんなことをしみじみと感じさせられた3日間でした。
おじぃちゃん、本当にありがとう。
私はまた明日から頑張っていきます。