好き温度が下がるかと婚活パーティーに参戦してみるも若葉くんが希少な存在だとわかっただけで温度は下がりも上がりもせず、そればかりか婚活の虚無感を思い出し無感情人形へと変貌、若葉くんに『強くなりたい』などと一端の台詞を吐いたくせに修行は一向に前進の気配を見せず苦境に喘いでいました。


とりあえず考えなきゃ。

無感情人形・ユカ、この時の唯一の取り柄は〝冷静である〟という点でした。

天秤のイメージを思い浮かべる私。

片方の秤には、結婚願望と出産願望、これから下がる一方であろう女としての価値、そして若葉くんとは結婚できないかもしれないという不安。

もう片方の秤には、若葉くんが好きという気持ちと、もしかしたら結婚できるかもしれないという期待。

前者の秤にのっているものは極めて現実的で、後者の秤にのっているものでは太刀打ちできる自信がない。
今はどちらにも傾かずゆらゆら揺れているけど、若葉くんとの交際に自分の年齢危機を超える価値が見出せない限り、歳を重ねるごとに焦燥感に苛まれいずれは自爆しそうである。

前者の秤を超える価値なんて見つかるんだろうか。
ていうか、ひとりで思い倦ねていても見つからないんじゃないか。
若葉くんと一緒に過ごしていく過程で見つかるものかもしれない。

そう考えたものの、どうしても若葉くんに連絡する気にはなれませんでした。




ヒントの女神が舞い降りたのは、上司からの『明日ドバイに行ってきてくれない?』的な無茶振りタスクを終え、時差ボケと睡眠不足により使いものにならなくなった脳味噌と肉体を引っさげて日本に舞い戻った日でした。

夕方だったからか山手線はそれほど混雑しておらず、座席は埋まっているものの立っている乗客たちの間には2人分ほどの余裕がありました。

座席の前に立ちつり革に掴まりウトウトする私。しかし運良く前の座席の乗客がすぐに降りたので

はー、これも私の日頃の行いが良いからねっ

なんて幸福な勘違いをしながら嬉々として空いた座席に座ったわけですが、直後、推定89歳のおばぁちゃんが杖をつきながら乗車してきました。優先席エリアに行くだろうと思われましたがおばぁちゃんは私がいる普通席エリアへ進入してきます。


前の私だったらね?

誰か席を譲るだろう
私、疲れてるし
ほんと疲れてるし
今にも寝そうだし
あかん、脳味噌グダグタや
目の前に立たれたら譲ろう

とか思っちゃうんですよ。

でもこの時は考えるより先に体が動いてまして。

歩み寄ってくるおばぁちゃんにまるで身内のように自然に声をかけることができ、


あー。好きだなぁ。


と思ったのです。

何を好きかって、若葉くんのことが。

なんで若葉くん?てとこなんですけど、私のこの行動って若葉くんなんですよ。


例えば2人でバスに乗っていた時。
お年寄りが小さなキャリーバッグを手に乗車してくるのを見た若葉くんはスッと席を立ちキャリーバッグをヒョイと抱え席まで運んであげていました。


喫茶店で横並びでコーヒーを飲んでいた時。
若葉くんの逆隣には参考書を広げる男子中学生がいたのですが、私がトイレに行っている間に若葉くんはその中学生に話しかけたらしく、トイレから戻ると勉強を教えてあげていました。


電車に乗っている時やショッピングをしている時。
見知らぬ人から無遠慮に補聴器をジロジロ見られても、その人がハッと我にかえった時には若葉くん、〝気にしてないよ〟とでも言うようにニコッと微笑んでいました。


若葉くんはいつも優しくて、良い意味で他人との間に壁がない。
そんなところが好きだなぁと思っていたのですが、多分無意識のうちに真似ていたんでしょうね。
思い返してみれば、以前の私だったら躊躇ったり様子を伺ってから声をかけたであろうシチュエーションでも、まるで友人であるかのように〝手伝いましょうか〟とか気軽に声をかけている自分がいました。


おばぁちゃん「あらいいの?ありがとう♡」


恋愛が上手くいってないと、余裕がなくなって他人に優しくなれなかったりする時がある狭量な私ですが、
今、若葉くんと会っていなくても、連絡をとっていなくても、優しい気持ちでいられる私がいる。

若葉マインドは確かに私の心に根付いて育ち、私に変化をもたらしていました。
その変化はとても居心地が良く、若葉くんと出会い若葉くんを好きになったからこそ得られた変化。


若葉くんを好きでいる自分の心が好き。
好きでいることによってもたらされる変化も好き。

こんな気持ちは他の人では感じられなかった気持ちでした。



若葉くんを信じたい。



真面目な若葉くんならきっと結婚を考えてくれる!めいた結婚軸で信じるのではなく、まずは若葉くんという人を心から信頼して、愛してみよう。

その上でフラれたら仕方ないって諦めもつくし、どんな結果になっても相手が若葉くんならきっと私は自分自身を好きでいられる方向に成長してる。そして、もしあの時〜してたら、あの時〜だったら、という後悔もきっと、ない。



座席に座っているヒントの女神の皺々の手を見て、思いました。

他の誰かじゃなくて、若葉くんと歳を重ねたい。



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私が見つけたかった確固たる何か。

その何かは、心からの納得と、選び取る覚悟でした。





つづく