私のピアノの上にずい分長い間置いてあった時計が動かなくなった。重ねて、愛用してきた車も故障。次の車の手配が決まったとき、私は計らずも処分を決めたこの車を路上のポールにぶつけてサイドミラーを壊し、左前方ドアを大きく破損する事故を起こした。

 

抹茶クリームのような薄緑色が気に入って愛用していたホンダ・ライフという軽自動車。この車は中古で買ったものを14年ほど乗っている。私が五年ほど前に起こした追突事故にも耐え、私の母や娘が作った数々のかすり傷にもめげずに快適に走り続けてくれた。

この車のエアコンがどうも効かなくなったと思ったのと、娘が乗っていた時に右後方のタイヤがパンクしたのはほぼ同時期だった。

「ねえ、この車くたびれてきたね。そろそろ新しいのに替えようか」

「でもまだ10万キロも走ってないぞ。エンジンも調子いいし、まだ乗れるんじゃないか」

 という夫の言葉にもかかわらず、私と娘は次の車の車種選びに夢中になった。そしてウサギのマークが可愛いラパンのピンクという、60代のおばさんより圧倒的に娘にふさわしい車に決めて、新車同様の中古車の納車が決まった日、事故が起きた。

 その日私は大きなイベントを終え、疲れきっていた。天気予報通りに台風の風と雨が強まってきている中、たくさんの荷物を抱えた娘と母を待たせて、私は駐車場から車を出してきた。少しでも雨に濡れないようにと歩道にぎりぎりに車を寄せて荷物を積み込もうとしたとき、後方から車が近づいて来た。私は焦って左側を確認せずに車を動かしてしまった。

「ガガガッ・・・」

 一瞬何が起きたか分からずに私は駆け寄って来た娘にすがるような視線を向けた。

「ここ、ここ」

娘の指さす左サイドミラーが割れ、やはり割れ落ちたプラスティックのカバーの破片がぶら下がるように付いている。

「お母さん、左のドアが大きくへこんじゃったよ」

 何と私は歩道に立っているポールに気付かず、車を動かしてしまったのだ。幸いにポールはへこみもせず傷もつかずにすんで胸をなでおろす。

 私たちは左のウインドウが下がらなくなり、さらにエアコンの効かない車を走らせて家にたどり着いた。

 

「何というタイミングかしらね」

娘が笑いながら言う。

「だって、新しい車が決まって、もう廃車にしようという車が、自分から壊れようとしたみたい。少なくとも新車が来た途端にこの事故じゃ、私たちこんなに呑気な顔してられなかったね」

 私たちは顔を見合わせて頷いた。

 

物の命が尽きる時というものがあるのだろう。物にも心があるような、此方の気持ちも通じるような気のする事件だった。