びっくりポンちゃん

猫に興味のなかった私の家に、2匹も猫が来た。黒猫のジジと白くてブルーの目を持ったポンちゃん。この子たちがわが家に納まってから、私たちはもうメロメロ。すっかり猫ファンになってしまった。

去年の10月末に、義父母が飼っていたタマが癌で死んだ。耳の前側にできた癌は次第に大きく膨れ上がり、手術の後は傷後から血が吹き出て大変だった。獣医師の判断で安楽死を選ぶことになり、義父母も納得した。そしてその4ヶ月後義父が老衰で亡くなった。義母は急に伴侶と可愛がっていた猫との別れを迫られて、ガクンと力を落とし、無気力になってしまった。

6月ころに電車の中でバッタリ会った知り合いから私は、「猫をもらってもらえませんか」と尋ねられた。焼津で猫の貰い手を捜している人がいると言うのだ。これは渡りに船かもしれない。きっと義母のなぐさめになるだろうと思い、その猫を貰いに行くことにした。

「黒猫がジジ、8ヶ月。ついでにもう一匹連れて行ってくれませんか。ポンちゃんといって1歳半になります。この猫は大きなケージに入れて飼った方がいいと思います。それから猫と接するときは長袖、軍手でお願いします。」そう言われて、えっ二匹?それにケージに入れるとか軍手とか、何か変だなあと思いつつも、猫好きな夫は「二匹いっしょの方が飼いやすいかもしれない」と言って何も気にせずお礼を渡してしまったので、それぞれケージに入れて連れ帰った。

 その日はまさに借りてきた猫、おとなしく下駄箱の下にもぐりこんでじっとひそんでいた。ところが翌日、二匹を二階の部屋に入れて外出から戻ってくると、ジジはベランダの手すりの所にいた。網戸を押しあけて出たのだ。ポンちゃんは姿が見えない。どうやら脱走を図ったらしい。ジジはその日から義母の部屋に納まり、義母だけと仲良く暮らしている。そして、どうやらノラ猫だったらしいポンちゃんと私たちの格闘が始まった。

 2、3日姿を見せなかったポンちゃんも餌を庭に置いておくと食べに来るようになった。餌をケージに入れて捕獲するまで2週間ほどかかり、やっと避妊手術を受けさせようと思った矢先、またまたちょっとした隙間から飛び出して夫の足を引っ掻き、噛みついて逃げてしまった。病院には行かずに済ませたが、夫の足には鋭い歯型の傷が残っている。加えて近所から、ノラ猫に小鳥を食べられてしまったという話が聞こえてきて、私たちは肩身の狭い思いをしたものだ。後日そのお宅でポンちゃんがテーブルの上のパンを食べ、ベッドの枕元でおしっこをしたという苦情も届いた。

 いやはや、こんなノラ猫はわが家で飼うわけにはいかない。何度も家族会議をして、もう一度なんとか捕まえて、元の持ち主に返そうということになった。「どうしても飼えないようだったら返してください」とも言われていたのだ。ところが電話をすると、うちでももう飼えないからどこかに捨ててください、と言う。「なんという無責任な!」私たちは憤慨したが、私たちもこれ以上近所に迷惑をかけられないし、ケージに閉じ込めて飼うのもかわいそうだから、やはりどこか遠くに連れて行って、置いてくるしかないという結論に達した。

 ただ避妊手術だけは受けさせようということになり、夫が動物病院へ連れて行った。ところが連れ帰ってくると、夫は大きなケージを買ってきて組み立て、「病院ではおとなしくて人なつっこくて可愛がられていたんだって。それにこんなにきれいでいい猫がノラだったなんて信じられませんね」って言われたよ、と上機嫌。家族の話し合いはなし崩しに、ポンちゃんはうちの中で飼うことになってしまった。凶暴で、とんでもない猫と思っていたけれど、この子が悪いわけではない。夫に噛みついたのは恐怖心からだったろうし、ノラで生きていたら餌を自分で探すのは当前のことだ。私が敵対視しているのは、テロリストが絶対に悪だと決めつけ攻撃するのと同じかもしれないと、ふと思った。

 私が攻撃的な気持ちを手放そうと思ったとき、ポンちゃんは急に家族に甘え

てくるようになった。今ではこたつで丸くなり、みんなの手を舐めまくってい

る。今のところかわいいペットに納まっているけれど、今後の展開や如何に。

ずっと互いの蜜月が続きますように!

 という訳で、今年は義父が亡くなったかわりに二匹の猫がわが家にや

ってきた。困り者だという気持ちを手放したときにポンちゃんも態度を

ガラリと変えてなついてきた。

 2015年、今年の世界的大事件といえばISによるパリの同時多発テロだ

ろう。私たちは彼らの卑劣な行為に怒りを覚えずにはいられない。しか

し、だから彼らを全滅するまで攻撃するという方法は解決をみることが

できるのだろうか。ある人がつぶやいた。「ヨーロッパがかつて行って

来たことと同じことを彼らもやっているんですよね。他国を侵略して異

教徒を皆殺しにかかる」、そう溜息をついていた。もちろん簡単に許せ

ないけれど、彼らの言い分もあることを忘れてはいけないのだろう。対

に無理という人も多いけれど、対話という手段を模索できないものだろ

うか。

 来る2016年が少しでも平和になりますように!